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世界の鎮魂歌【ばんか】は、俺が歌う!  作者: 和泉ユウキ
Banka2 俺の歌は、彼らのために
18/30

第17話 俺のお師匠様


「――カイリ、に、……手、出してんじゃねえよっ!」

「――――」



 咆哮ほうこうと共に、鈍く何かを断つ音が背中越しに聞こえた。

 そのまま蹴り飛ばす様な衝撃音と共に、カイリの隣に重い振動が転がる。

 その際、ひねられていた腕が解放された。体の中をうねっていた気持ち悪さも綺麗さっぱり消えているのを確認し、カイリは急いで起き上がった。

 ――と。


 どすっと、すぐ横で何かを刺す音が響く。


 導かれるまま見てみると、先程までカイリを押さえ付けていた男性の体に、鋭利な刃が突き立てられていた。そのまま、ぐっと引き抜かれると同時に、ぶしゅっと噴水の様に真っ赤な飛沫が勢い良く吹き荒れる。


「ひっ、……っ」


 思わず悲鳴を上げ、カイリは口を押さえる。

 男性はびくんびくんと痙攣けいれんし、やがて動かなくなった。白目をいたままのその顔に、カイリは彼が死んだことを悟る。

 そして、見上げる。男性に剣を刺した、その人物を。


「……、ラ、……っ」

「……っ、はっ、……」


 荒く息を吐き出しながら、剣を引き抜いた人物はカイリを見ることはなかった。真っ赤な髪を揺らし、くるりと別の方角へと振り返る。

 カイリは、それを呆然と見届けた。ざりっと、鳴る土を踏み締める音が不吉な結末を連想させる。


「ちょ、……待ちな、あんた、……あんた、確かにブラッドが」

「おあい、にくだな。生きてるかも確かめないなん、て、……ガキ、だからって……甘く、見過ぎたんじゃねえの?」


 息も絶え絶えに笑い飛ばし、その人物は――ラインは、女性に向かって剣をぐ。

 ざっと、体を浅めに斬られ、ひいっと女性が情けない悲鳴を上げた。彼に背を向けて、う這うのていでもったり逃げて行く。


「あ、わ、私は、今、力使って、動け、な……!」

「そんなの、カイリだ、って、……おな、じ、だろ。……言い訳、してんじゃ、ねえよ……っ!」

「いやあああああああっ! 私は、私はああああああっ! 歌で、幸せに、な……!」

「こんだけ、むごたらしく人の命奪っといて、何が、……幸せだっ! 抜かし、てんじゃね、えよっ!」



 どっと、全ての体重を乗せる様にラインが女性の体を貫く。



 ひぎいっと、断末魔を漏らしながら、女性は折れる様に落ちた。どさりと土煙を上げたその光景が、カイリにはスローモーションの様に鈍って見えた。

 剣を突き刺したまま、ラインは手を離してカイリの方を振り返ってくる。

 衣服も裂け、見える肌も大きな裂傷と血にまみれ、まさに満身創痍まんしんそういだ。目にするだけで痛々しくて、カイリの目の奥が熱くなる。


「ライ、ン」

「……、無事、か? ……カ、イリ……、……」


 ふらっと、目の前でラインの体が傾ぐ。

 彼が何をしたのかとか。その血が恐いとか。

 そんなことは全て頭から消し飛んで、カイリは思い切りラインの元へと駆け寄った。


「……ラインっ!」


 倒れ込んだ彼の体を、懸命に抱き上げる。

 それだけで、カイリの両手も服も更に真っ赤に染まった。どろっとした不吉な感触に、カイリは無意識に頭を振る。


「馬鹿! 動くなよ! こんな怪我してるのに、……ああ、すぐ、街へ……!」

「あー、あ……。まだ、教え、てない、こと、たくさんあ、ったの、になあ……」


 ラインの声が弱々しく震える。焦点もぼんやりし始めて、カイリの目の前が一瞬暗くなった。ぞっとする様な悪い予感を、必死になって打ち消していく。


「だったら教えてくれ! まだ、他にも色々あるんだろ? 俺、まだ全然強くなってないから、お前が必要なんだよ」

「カイリ……」

「そうだ。父さんの親友っていう人がな、村のすぐ近くまで来ているはずなんだ。薬を持っているかもしれない。俺、今から行って」

「カイリ」


 震える手で服をつかまれる。

 だが、掴むというよりは、もはや指を引っ掛けている様な状態だ。すでに力が入らないのだと悟り、カイリはその手をすがる様に握る。


「ライン、しっかり、……今」

「あの、男の剣、……さばいてる、時のけ、ん。良かった、ぞ」

「……、ああ。そうだろ? だって、ラインがお師匠様だからな。弟子が強くなるのは当然だろ?」

「ああ、……ああ。そう、だな」


 はっと、浅くラインの胸が上下する。不自然な呼吸に、カイリは彼を繋ぎ止める様に更に強く抱き上げた。


「なあ、もうしゃべるなよ。俺、早く薬を」

「……けん、ど、う」

「……え?」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。

 だから聞き返せば、ラインはぎこちないながらも、不敵に笑って。



「……、【剣道】」

「――」



 ラインの発した単語に、目を見開く。

 それは、カイリが先程もよく耳にした言葉だ。

 この世界では聖歌語と。



 カイリが前世でいた世界では、日本語と。



 そう、呼ばれていた言葉だった。


「……、ライン? どうして」

「……記憶、少しだ、け、……あったから、な。……本当は俺、が教え、たかったけ、ど」


 言いながら、悔しそうにラインが目を閉じる。

 その姿がまるで遠くに行ってしまう様な雰囲気で、カイリは一心に彼の手を握り締めた。


「寝るな! ライン、剣道教えてくれ! なあ!」

「俺、みたい、に、……記憶あ、る奴に、頼むん、だ」

「嫌だ! 何で! ラインが」

「自衛の、剣。ある程度マス、ターした、ら。そっち、が、いい」


 言葉が、だんだんと弱くなっていく。腕の中の脈も弱まっていくのが伝わってきて、カイリは焦燥しょうそうに駆られた。

 手の中の彼の指が、ほどけていく。もう引っ掛ける力すら無いのだと知って、絶望に襲われた。


「ライン、……ラインっ!」

「二、種類、……あった、ら、……ごほっ!」

「ラインっ!! しっかりしてくれ! ライン……!」

「――おい、そこの少年」

「――っ」


 じゃりっと、背後で土を踏み締める音が鳴り響く。

 反射的に振り向けば、そこには壮年の男性と少女が真っ黒な外套がいとうを羽織って立っていた。



 ――黒い外套。



 教会騎士を名乗った男女と同じ様な服装に、どきりと体が強張る。ラインを咄嗟とっさに抱き寄せて、二人を睨み付けた。


「誰だっ!」

「俺は教会騎士のフランツという。こっちはシュリア。俺たちのことを、カーティスという者から何か聞いてはいないか」

「……、フラン、ツ?」


 それは、父の親友だという者の名前だ。教会騎士団の団長だとも言っていた。

 急に差し込んだ光明に、カイリは食いつく様に叫んだ。


「フランツって、第十三位の団長だっていう……父さんの、親友ですか!」

「父さん、……なるほど。では、お前が息子のカイリか。すまないが、この現状は一体どういうことなのだ。村が……」

「お願いです! 薬を! 薬を持っていませんか!」


 さえぎって訴えれば、フランツと名乗った男性が表情を落とした。シュリアと紹介された少女も、どこか気まずげに眉根を寄せる。


「ラインが、……彼が、死にそうなんです! 俺を守るためにあいつら倒して、……瀕死だったのに、俺のせいでっ」

「……、死にそう、か」

「はい。だからお願いです! ……ライン、もう大丈夫だぞ! さっき言ってた、俺の父さんの親友って人が来て、――」


 笑いながら腕の中を見下ろして、カイリの笑顔が溶ける様に消えた。

 ライン? と軽く揺さぶってみたが、変化は無かった。

 ラインがまぶたを下ろしたまま、動かない。先程まで浅く動いていた胸も、もう止まっている。


「ライン? どうしたんだ」


 もう一度呼びかけてみたが、何の反応も無い。

 いつもの様に、活発な表情でカイリに突進してくることも、ビックリするほど大人びた顔で諭してくることも無かった。


 将来、教会騎士になるのだと、口癖の様に宣言していた。


 そして、落ち込んでいるカイリを励ますために剣まで教えてくれて、そのおかげで何とか強くなっていって。

 でも、まだだ。


「なあ、ライン? 俺に剣道教えてくれるんだろ? まだまだ教えてないことたくさんあるって言ってたじゃないか」

「……、カイリ」

「記憶が少しあったって、何だよ。何でもっと早く教えてくれなかったんだ? ……俺もさ、実はあったんだ。それこそ、赤ん坊の頃から、ずっと、……ずっと」


 誰かと、そんな話が出来ないだろうかと。そう願ったこともあった。ラインが記憶を持っていたなんて初耳だ。

 しかし、それが真実ならば納得である。時々彼が大人びて見えたのも、恐らく前世の記憶が影響しているのだろう。

 それに、剣道という武術を教えられるくらいならば、きっとカイリと同じ日本人だったはずだ。話も弾んだに違いない。


「話したいこと、たくさんあるんだよ。ライン、お前は俺のお師匠様で友人だろっ。起きてくれよ」

「……カイリ」

「なあっ! 何で、何も言って……!」

「カイリっ」


 ぐっと肩を掴まれて上向かされる。瞳を覗きこまれて、カイリは圧迫された様に口を閉じた。

 しばらく、フランツはカイリを見つめる。そのまま、表情を変えずに。



「彼は、もう死んでいる」

「――――――――」

「……残念だが。死んだんだ」



 死んだ。



 宣告を受け、カイリの胸の中で崩れ落ちる音がした。そのまま、抱き上げていた腕も力を失った様に垂れる。

 ラインの顔は、とても安らかな表情をしていた。あの偽物の教会騎士を討っていた時は、見ていられないほど厳しい顔をしていたのに、今は眠っている様だ。

 それなのに。


「……、死ん、だ」


 先程まで、話していたのに。

 服を引っ掛ける様に、指先が動いていたのに。

 カイリを、守って。

 守ったせいで。


「……、ライン……っ」


 ぼろっと、何かが目の奥から零れ落ちる。

 零れるたびに、ラインの顔が滲んでいく。まるで彼が去っていく様な恐怖に、カイリは首を振って抱き締めた。


「どうして、……ライン、……なあ、目を開けてくれよ」


 だが、答えなどない。

 そうだ。分かっている。まだ温かいのに、腕の中でだんだんと熱が引いていくのが手に取る様にカイリにも伝わった。

 どうして。何で。



 どうして、誰も彼もいなくなってしまうの。



〝おう! おれは、カイリのおししょーさまだからな!〟



 ――どうしてっ。



「……っ、ライン……っ!!」



 彼の熱を掻き集める様に抱き締め、カイリは縋る様に絶叫する。

 だが、その慟哭どうこくに応えてくれるはずの声は、最後まで聞こえてくることはなかった。



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