第12話 騎士の証明
「ほうほう。では、エリックからこの村のことを?」
いつまでも立ち話は何だと、村長の家に巡回騎士だという女性と男性を招いた。
村人達が何だ何だと物珍しげに覗く中、村長の問いにリンダと名乗った女性が「ええ」と艶やかに頷く。
「エリックさんとは旅をしている途中に知り合ったんです。目的地が同じ時は、私とブラッドが護衛をする形で、少しずつ仲良くなっていったんです」
ねえ、とリンダが話を振ると、ブラッドが無言で仰々しく首を縦に振った。
寡黙らしく、カイリが知る限り彼は一言も言葉を発していない。顔に大きな傷が刻まれており、無口なのも相まって威圧感が強く漂っていた。
「しかし、エリックも手紙で教えてくれれば良いのに。こんな美人さんとお知り合いになっていただなんて」
「あら、お上手ですね。ありがとうございます」
エリックの母親の言葉に、リンダが恥ずかしそうに小さく笑う。
口元に手を当てて微笑む様は優雅だ。リンダという女性はシンプルな黒いローブに外套を羽織っただけの装いだったが、ブラッドと同じ服装のはずなのに滲み出る色気が凄まじい。現に男性陣が鼻の下を伸ばし、それぞれの伴侶に叩き飛ばされていた。
カイリの父はというと、自分の隣で腕を組んで神妙な顔をしている。
他の男性と違って、真剣に彼女達を判断していそうな姿に頼もしさを覚えた。――もし心の中では鼻の下を伸ばしていたらどうしよう、という余計な懸念も過ったが、カイリは無視をすることにする。
「しかし、エリックが教会騎士団に入ると興奮していたのは、貴方たちとの出会いがあったからなのですな。いきなりどうしたのかとビックリしていましたが」
「あら、そうだったのですね。では、最近彼と会わないのは、教会騎士団に入団したからなのかしら。今度総本山に帰ったら聞いてみることにしますね」
ころころと笑いながら、リンダが村の者達と和やかに談笑している。
だが。
「……、――……」
無言でいる父に声をかけようとして、すぐにカイリは取りやめる。
何となく、今の父に話しかけてはいけない気がしたからだ。
父は依然として、腕を組んだまま静かに彼女達を見守っている。いつも村の外の者が来るとそういう姿勢を取るから珍しくは無いのだが、今回は少し様子が違う様に見えたのだ。
それに、何となく今、父の目が一瞬細められた気がした。何に反応したかも検討が付かない。
父は、何を探っているのだろう。
剣は振るえなくとも、父は気配にはとても敏感なのだ。何を感じ取っているか聞けたら良いのにと、カイリは早く家に帰りたくて仕方が無かった。
「しっかし、おねーさんたち、きょうかい騎士の人なんだな!」
案の定というか、ラインが堪えきれない様に声を上げる。ミーナも彼の背後に隠れながら、興味津々といった風に二人を見上げていた。普段は賑やかな彼女は割と人見知りだということを、こういう時になってカイリも思い出す。
二人に振り向いて、リンダがしとやかに微笑んだ。ブラッドは視線だけでライン達を見た。一応話は聞いているらしい。
「そうよ。もしかして、エリックさんと同じく?」
「おお! 大きくなったら、騎士になりたいんだ! でも、おねーさんたち、そういうしょうめいってどうやってするんだ?」
「あら。そうねえ……例えば」
訪ねてきた時から持っていた書物を、おもむろにリンダはテーブルの上に置いた。
「へー、どれどれ、……――」
興味深そうに近付くラインとミーナの表情が、一瞬止まった。
すぐに眉根を寄せてまじまじと凝視する彼らが気になって、カイリも少しだけ近付いた。何が書いてあるのだろうと、遠くから覗き込み。
「……、え、……」
どくん、と心臓が殴られた様に跳ねる。
本の表紙から――否、正しくは書かれた文字から、カイリは目が離せなくなった。
それは、カイリにはとても見覚えのある文字だった。
この世界の言語では無い。
だが、記憶があるのならば誰もが見慣れ、読める文字。
「あらあ。三人共、そんなにこの本が珍しいのかしら?」
「――」
楽しそうな声が耳に捻じ込まれる。
はっと我に返り、カイリは誤魔化す様に頬を掻いた。弱った様に眉根を寄せて、肩を竦める。
「ああ、はい。俺、……十五年も生きているのに、この文字、読めないんですけど」
「おれも見たことないぞ! 何て書いてあるんだ?」
カイリの言葉に、ラインも乗っかってくる。ミーナもこくこくと後ろで頷いていた。
彼らの心境はともかく、カイリとしてはハッタリだ。かなり古い書物なのか、潰れてほとんど読めないが、生き残っている文字はとても身近なものだった。
そう。表紙に書かれていた文字。
それは。
――『日本語』に、間違いなかった。
「そうねえ、……」
質問を受けたリンダが、考え込む様に顎に手をかける。少し俯き加減なのは、どう答えようか迷っているからだろうか。
何故、この異世界に日本語があるのだろうか。確かにこの世界の文法は日本語と全く同じルールだったし、英語の代わりの様な文字や単語も多くある。
だが、文字は全く違うものが使われている。いかにも異世界っぽくて、日本とはかけ離れたものだった。
それなのに。
「これはね、一応企業秘密なの」
「……えー……」
「ごめんなさいね。でも、この教会が管理している文字が、一応私たちの身分証明ってこと。だから、これで納得していただけるかしら?」
「……しかたがないなー」
「って、こりゃ、ライン! 大人に向かってそんな口の利き方をするでない!」
「はーい。ありがとうございまーす」
ふて腐れた様に外向を向くラインに、リンダは微笑ましそうに見つめるだけだ。
だが、ブラッドは鋭い視線をラインとミーナに、そして次にカイリに注いでくる。あまりに狂暴な鋭利さに、心臓を貫かれる様に激痛が走った。まるで剣で絶えず串刺しにする様な獰猛さを感じ、カイリの足が知らず震えてくる。
だが。
「お二方。エリックに聞いていたとしても、教会騎士がこんな辺境に来るなど珍しい。何かあったのですか?」
ぽんっと父がカイリの肩を叩きながら、彼女達に話しかける。
触れられた途端、どっとカイリの体から力が抜けた。緊張と恐怖に支配されていたのだと知って、父に心から感謝する。
しかし。
「実は、この村から『歌』が聞こえてきたと、言っている人がおりまして」
ざっと、空気の温度が冷え切っていく。カイリの全身から、血の気が滝の様に引いていった。
歌。村から。聞こえた。
カイリは言い付けを破ったことは無い。村の外の者が来たら、村を巡回していたり見張りに立っている者が知らせてくれることになっているし、ここ数日は歌を口ずさむことも止めていた。
なのに。
「そうでしたか。しかし、歌ですかの。わしらは聞いたことが無いのですが」
のう、と村長が振り返ると、他の村人達も不思議そうに頷いている。
演技が上手いなと、カイリは感心してしまった。自分も不思議そうな顔が出来ているか心配になる。
「それに、歌は世界でも一部の者しか歌えないはずですじゃ。それこそ、教会騎士の様な方々でないと」
「ええ。ですから、真偽を確かめに来たのですけど……そうですか。空振りでしたね。せっかくスカウトに来ましたのに」
はあっと残念そうに溜息を吐くリンダに、「申し訳ございません」と村長が丁寧に頭を下げている。
一見和やかに進んで行く会話は、しかしカイリには刺々しく思えてならない。今聞いた話を整理していくと尚更だ。
歌は、世界でも一部の者しか歌えない。
しかも、歌を歌える者を教会騎士はスカウトする。
〝村の外の者が来たら、《《聴かれない様に》》な〟
〝殺されるぞ〟
あの時は、村長は大袈裟だと言っていたけれど。
もし、殺されるというのが比喩でもなく本当だったなら。
「……っ」
一層気を付けなければならない。
せめて二日後の誕生日、父の親友という人物が来るまでは。
決意して、カイリは己を今以上に戒める。
そんな自分を見定める様に、教会騎士二人が観察しているのを感じながら、カイリは無意識の内に隣の父の手を握っていた。
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