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世界の鎮魂歌【ばんか】は、俺が歌う!  作者: 和泉ユウキ
Banka2 俺の歌は、彼らのために
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第11話 馬車と同じくらい早い徒歩の珍道中


 ざっざっと規則正しい足音が、山々に囲まれた細い道なりに響く。

 真っ黒な外套がいとう羽織はおった金髪の壮年の男性が黙々と、豊かな自然に満ちあふれた小道を涼しい顔で歩いていた。その姿は悠々としており、どこにも一切隙が無い。


 だが、少し離れた後ろを歩く少女は違った。


 頭にすっきりまとめていた淡い紅藤の髪は今やほつれ、羽織る外套もよれよれだ。黒いロングスカートもどこかくたびれており、顔には若き未亡人の様な哀愁が漂っていた。

 そんな彼女は、すでに虫の息の様にいつくばりながら歩いている。剣を杖の様に突いた立ち姿は、顔を見なければよぼよぼの老人である。

 それが、数分ほど続いた頃。どんどんと先を進んで行く男性を、少女はとうとうすがる様に止めた。


「お、お待ち下さいませ、フランツ様! み、水……ののの、のどが、乾き、ましたわ……っ」


 ぜえ、ぜえっと少女が息も絶え絶えに音を上げる。

 フランツと呼ばれた金色の男性は、最初無視をした。構わず前へと進み続ける。

 だが。


「も、もう駄目ですわ……」

「……」

「ああ、こんなど田舎で、わたくしとあろうものが……」

「……」

「それもこれも、ぜんぶ、フランツ、様、……いいえ。わたくしの不徳といたすところ、……くっ、恨めしい、です、わあ……っ」

「……」


 延々と恨み節が続いた後、遂には崩れ落ちる音がしたため、仕方なくフランツは立ち止まって振り向いた。

 泥水の様にへばっている少女を目の当たりにし、フランツは溜息を吐いて歩み寄る。腰にぶら下げていたかばんから水筒を取り出し、少女に手渡した。


「あ、ありがとうございます」

「だから、俺一人で良いと言っただろう。これは俺の勝手な休暇なのだからな」


 呆れた様に嘆息するフランツに、水をがぶ飲みしながら少女はぎっと彼を睨み上げた。ぷはーっと生き返った様に息を吹き返す彼女に、フランツは眉根を寄せる。


「何故(にら)む」

「当たり前ですわ! 団長ともあろうものが、一人旅など!」


 罪人を断罪する様な剣幕に、フランツはしかし顔色一つ変えられない。

 彼女はいつもよく分からないことで怒る。彼女ももう十八歳。短気は損気だということをいい加減覚えるべきだ。


「怒るな、シュリア」

「怒りますわよ! 少しは自覚して下さいませ! 第十三位の団長ということを! あなたは! 第! 十三位! 団! 長! オーケー! ですの!?」



 充分自覚している。



 だが、そう突っ込んでも彼女はどうせ止まらないだろう。猪の様に真っ直ぐだ。仕方がないので、フランツは彼女の前に座り込んだ。


「いいですか! いくら超人で周りに敵無しで鬼だの悪魔だの罵倒され泣いて許しを請われて土下座されて震えて気絶されるくらい超絶に強くても! お供の一人もつけないなんて! 殺してくれと言っている様なものですわ! 自覚なさいませ!」


 気絶されるほど強いのに、殺される。しかも、鬼。悪魔。

 言っていることが滅茶苦茶な気がするが、一応彼女の言うことに耳を傾ける。正直彼女の話は明後日の方向に飛ぶことも多いが、的を射ていることもたまにある。聞かないという選択肢は無い。


「大体、どうして徒歩なんですの! 一応あちこちに街がありましたのよ! 都市もありましたのよ!」

「そうだな」


 事実、いくつか街を経由した。この国、エミルカの街も当然通り過ぎた。

 しかし、何故今そんな単純な確認事項が必要なのだろうか。フランツは盛大に首を傾げた。


「何故! 徒歩! ですの!」

「? 歩く必要があるからな」

「ですから! 何故! 馬車を! 馬を! 使わないのです! もう十日もずっと! 歩きっぱなしですのよ!」

「そうだな」


 軽く頷いて、それの何が問題なのかと考える。当初の計画通り、遅くとも明日までには目的地に着くだろう。件の日より一日も早い。至って順調だ。

 だから、何故そんなに彼女はご立腹なのか。フランツにはさっぱり理解不能だ。


「何かおかしいか?」

「おか! しい! ですわよ! 馬車や馬なら、もう少し楽して行けたものを……。毎日毎日14時間近く歩き続けるなんて……! 死にますわ! 普通、一般人は死にますわ……!」


 きーきーと騒ぎ立てる彼女の抗議に、フランツは更に首を傾げる。

 街や都市には必ず立ち寄り、昼夜到着した時間を問わずに風呂に入り、そしてベッドで眠った。起きたらすぐに補給をして出発したから、体力も物資も何ら問題は無い。

 それに。



「シュリア」

「何ですか!」

「我々は、教会騎士だ。一般人ではない」

「…………………………」



 呆れた。



 そんな一言を彼女の顔がでかでかと物語っていた。今、フランツの目には彼女の顔が「呆れた」に見える。


「それに、体力作りにもなるだろう。教会騎士は体が基本だからな。俺は今回の旅は、全て徒歩と決めていた」

「……」

「シュリア、お前は遅れてくると良い。俺は、腐れ縁の息子に用事がある」

「……」

「まあ、お前の腕ならばそこらの盗賊など足元にも及ばないだろう。心配はない」

「……、……はあ」


 額に手を当てて溜息を吐かれる。何故そんな反応をされなければならないのか。つくづく彼女は理解不能だ。


「……そんなに腐れ縁という方は、フランツ様にとって大事な方なのですか」

「……」

「一ヶ月もいきなり休暇を取って。上が許したのも驚きでしたけれど」


 彼女の言葉から、まだ彼女自身が今回のフランツの行動に納得していないのだと知った。そういえば、この旅に最後まで反対していたのは彼女だ。

 確かに任務が入っていないとはいえ、騎士団の長が一ヶ月も私事に割くのは異例だ。団員達も不思議そうにしていた。

 だが、フランツにとっては特に不思議なことは無い。上だって、別に第十三位が長く休暇を取ったとしてもどうでも良い話のはずだ。


「……あいつは、国にいた時は何にも言わない奴だったからな」

「……、何にも」

「だから、今回頼ってきたその事実をまずからかってやりたい」

「……、か、からかう?」


 実際、彼は同じ聖都に住んでいた時、人の世話ばかり焼いて己のことは何一つ言わない人間だった。親友だと散々抜かしていたフランツにさえ、弱みを見せない様にしていたくらいだ。

 頭を張り倒してやりたいと何度思ったか。



 そんな彼が、泣き付く様な手紙を出してきた。



 手紙に書かれていたのは、自分の息子の秘密と将来への不安。

 そして――。


「……国を出て行く時も真っ直ぐで情熱的だったが、ここまで子煩悩になるとはな」


 手紙の大半は、大量の息子自慢話に溢れていた。


 見た時は、彼らしい、と笑みが止まらなかったものだ。

 昔から真っ直ぐで、思ったことはすぐ行動。言いたいことも言って、良くも悪くも人の目を惹きつけてやまなかった。

 そんな彼だからこそ、フランツは腐れ縁を続けている。今回の頼みも、彼だからこそすぐ受け入れるのだ。


「さあ、行くぞ。もう休んだだろう」

「はあ……。……もう、何を言っても無駄ですわよね」

「別にここからは一人で良いぞ」

「そんなわけにいかないでしょうが! ああ、もう! 会ったらぶん殴ってやりますわ……!」


 あっさりかわされるのがオチだろう。


 思いはしたが、口には出さないことにした。そろそろ静かに歩きたい。

 街や都市から外れ、緑豊かな大地が目の前に無限に広がっている。

 硬質な壁や賑やかな喧騒に包まれた都市も嫌いではないが、こうして落ち着ける場所が溢れた空気もフランツは気に入った。

 だが。


「……森が、少々騒がしいな」


 長年騎士をやっている者特有の勘ではあるが、無視は出来ないだろう。

 手紙にある通り、あまり良くない動きがあるのかもしれない。

 しかし。


「……まあ、急げば良いだけの話か」


 直近の街で聞いた話だと、村までは丸一日くらいの距離だとか。

 ならば、急げば後半日で着くだろう。それまでに騒ぎの種を片付ければ良いだけの話だ。

 そして、親友に会う。


 ――さて。久しぶりに会う旧友に、何と声をかけようか。


 どんな顔で再会出来るか楽しみにしながら、フランツはこれまで以上に意気揚々と細い道なりを歩き出した。



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