いろんな意味で説明できてない
妖精郷、四季花樹園。
パイポ山から何日か歩いた先にあるそこは名の通り、四季を通じて花の咲き誇る土地である。なんとも儚げで可愛らしいイメージを抱くだろうが、『花樹』の名は伊達ではない。
この地の花は、普段こそ花壇や植木鉢に咲く花程度の大きさしかないが、開花の時期を迎えると大樹のように巨大化する。
四季それぞれに咲く花が決まっているため、四季になるごとに彩を変える花樹の園。
それが妖精卿、四季花樹園なのだ。
ちょうど春の季節に足を踏み入れた十二たちを迎えたのは、超巨大なチューリップである。
遠くから、上から見下ろす分には『普通のチューリップ』であったため、足を踏み入れて見上げると驚愕せざるを得ない。
サイズが異常なだけで、上から見ても下から見てもチューリップなのだ。
自分が小人になったかのような錯覚を受ける十二は、おっかなびっくりチューリップに近づく。
「うわ、ふっといな~~……」
緑色の茎は幹のように太く堅い。そのうえで触れた感触は茎そのもの。
分厚い葉を触ってみれば、やはり分厚いだけで『葉』の感触だった。
既知のものが未知の大きさになっているという異世界感に、十二は思わず感じ入る。
『海の時よりテンション高いねえ、何が違うんだい?』
「海は、ほら、アレじゃないですか。ただ波うってるだけだったじゃないですか。特になんか生物にも出会わなかったし」
『出会いたかったかい?』
「いいえ! ノーです! まあとにかく、ここは楽しいですよ。ん、ととと……」
見上げてばかりだったので足元がおろそかになっていた。
歩いていると躓いて、思わず転びそうになってしまう。
足元がでこぼこしていたので視線をそこに向けると、『巨大な足跡』が残っていた。
それはもうずしずしとした足跡であり、靴を履いてないことがわかる、指のあとまでしっかりと残っていた。
「一応聞くけど、これは妖精さんの足跡だったりする?」
日本のサブカルにおいて妖精とは『羽が生えている小さい人』とか『デフォルメされたぬいぐるみ』などが主流である。
しかし本来妖精とは『西洋妖怪』のようなもの。大きいものから小さいもの、無害なものから有害なものまでいろいろいる……らしい。
超巨大な妖精がいても、そこまで不思議ではない。
『やだなあ、そんなわけないじゃないですか。妖精って言ったら、体に毛が生えてなくて、ちっちゃくて、浮いてるんですよ? 足跡なんて残してませんよ』
『これはたぶん巨人族の足跡だね。君が今イメージした、何十メートルとか何百メートルとかじゃないけど、まあ5メートルぐらいある』
「ビックフットじゃないですか~~!」
『ところでポンポコピー君、このあたりに巨人族は生活しているのかね?』
『そんなの聞いたこともありません! 私はこのあたりに詳しいので確かですよ! たぶんどっかから攻めてきたんじゃないですか?』
「そんなことをいうな~~!」
案の定、ここも襲撃を受けているらしい。
襲撃率100パーセントの状況に、十二は頭を抱える。
「道中はエンカウント率ゼロなのに、街とかに入る度にイベントバトルが発生してるんだけど、どうなってんの!?」
『ダンジョンに入っているようなものだと考えればおかしくないんじゃないかい?』
「ダンジョンからダンジョンへ向かってたの!? この世界にはダンジョンしかないの!? っていうかそもそも、戦いなんてしたくない~~!!」
『そうはいうけどもねえ、こんなことになると思ってなかったわけでもないだろう?』
「それはそうだけども実際になるのはきついっす!」
『それじゃあ見捨てて逃げるのかい?』
「それもいや~!」
ランダムエンカウントなら回避は余裕だが、イベントバトルなので精神的にも回避できない。
悩める十二の傍で、ポンポコピーは胸をはった。
『ここは私にお任せを!』
「……なにを?」
『私が万事解決いたしますので!』
「なにを?」
『我にお任せを! 化け狸の力、お見せしましょう!』
※
巨大な足跡をたどっていくと、巨人を見つけるに至った。
象のように大きい巨大な『大男』たちが、ずんずんと花の間を歩いている。懐には大きな袋を下げており、その中で何かが暴れていた。
羽の生えた『子供』たちが飛びまわりながら、スリングショットで礫を浴びせている。
『捕まえた仲間を置いて立ち去れ! 立ち去らねば痛い目を見るぞ!』
『ああ、はいはい。俺たちに痛い目ね、できるもんならやってみろ』
やはり巨人たちは妖精を捕獲しており、妖精たちは抵抗しているが不利な様子だった。
すくなくともスリングショットの礫が、巨人たちにダメージを与えられるように見えない。
このままではパイポ山と同じ悲劇をたどるだろう。
「ほんとうにデッカい、あんなのに襲われたらひとたまりもないぞ……」
『うむ、巨人は妖精の天敵だ。このままでは全員やられてしまうだろうね』
「あの袋に詰め込まれるなんて、すごくつらいですよね」
『ああ、助けるなら早い方がいいだろう』
『そこで私の出番ですよ! 争わずに事態を解決いたします!』
「……できると思う?」
『私たちに妙案があるわけじゃない。彼女を信じて託そうじゃないか、妖精たちの未来を』
(他人の命運を俺たちが委ねていいのかな……しかも、彼女に)
ぽんと、毛むくじゃらの胸を叩くポンポコピー。自信ありげな彼女は、自分の作戦を説明する。
『奴らはきっと、クリファ教団! あのライカンスロープたちの仲間です! それなら私がライカンスロープに変身して近づけば騙せるはずですよ!』
(そんな頭脳プレーが、この子にできるかなあ?)
『それでは……! ヤブラコウジノブラコウジ!』
ぼふんという音と共に白い煙が吹き上がった。
ポンポコピーの体は煙で見えなくなり、やがてその姿を現す。
『どうですか、どこからどう見てもライカンスロープでしょう!』
(どこからどう見てもタヌキのままだ……)
低クオリティのコスプレとしか思えない、ポンポコピーの変化。
本人は自信満々であり、意気揚々と巨人たちに近づいていく。
『おうおう仲間たちよ! 俺が誰だかわかるかい? そうさ、お前たちの仲間のライカンスロープだよ。この毛むくじゃらの体、鋭い耳、長い鼻! どこからどう見ても、見事にライカンスロープだろう? なんにも、なあんにもおかしなことはねえさ。それでよう、それで……えっとだな! 妖精を逃がして帰ってこいって命令が来たんでな、慌てて伝えに来たってわけよ! ほらほら、命令に従わないと、オヤジさんがこわいぜえ?』
(クオリティ低いな……)
妖精たちと戦う巨人たちのうしろから、ポンポコピーは声をかけた。
巨人たちはくるっと振り返ると、小柄な彼女をまじまじと見て……。
『おい、変なのがいるぞ!』
『え、騙せなかった!?』
(そりゃ騙せないよ……)
巨人はポンポコピーを人形のように持ち上げて、ぽいっと腰の袋に放り込む。
他の妖精同様、もがいて助けを乞うことしかできなくなっていた。
『ふんぎゃあ! 出して、出して~~!』
『なんかよくわからねえけど、とりあえず捕まえておくか』
彼女の挑戦を見届けたギボールはフォローを怠らなかった。
『一応言っておくけど、化け狸にとって巨人は天敵じゃないよ。彼女がもっと賢くて、もっと上手に変身できていたら、作戦は上手く行ったかもね』
「そうだとおもいます……」
『吾輩たちも、打てる手は打った。ここからは交渉に入ろうか』
(ポンポコピーにゆだねたら、今度は俺がやるのか……)
十二は溜息をつきながら、鍵束を手にする。
『やあやあやあ、騙そうとして申し訳なかったね。こちらは十二、吾輩はそのファミリアのギボールという。妖精と巨人の諸君、少しばかりお時間をいただけないかね?』
『おいおい、今度はなんだよ。また変なのが出やがったぜ』
『また別の侵入者だと!?』
『ははは、まあまあ。そうそう悪い話ではないよ、いきなりことを荒立てたくはないだろう?』
ギボールから合図をもらうと、十二は鍵を使って複数のリモートメイルを展開する。
巨人からすれば小さい敵だが、異様な雰囲気を放つ姿に警戒していた。
『ざっくり言おう、吾輩たちは妖精の味方だ。君たち巨人には捕獲した妖精たちを開放して、この地を出て行ってほしい』
『わ、我々の味方!? そんなもの、聞いたことがないぞ!?』
(……俺も初耳だよ)
『おいおい、肝心の妖精ちゃんたちはこう言ってるぜ?』
『ざっくり言えば、と説明したはずだが? 君たちが去ったあと、ゆっくり理解を深め合うつもりだよ』
いきなり現れたギボールと十二に妖精たちの方が困っている。
見ず知らずの自称味方、というのなら自然なことであろうが。
『どうするよ? やっちまうかぁ?』
『そうだなあぁああああ~~……んんんんぅ』
やはり隊長らしき人物が、悩むようなしぐさをしながらリモートメイルに近づく。
縮尺の関係もあって、大人が『大きめのオモチャ』に近づいているかのようだった。
『ここから去れ、どっか行けっていうのは、まあいいんだよ。でもなあ、せっかく捕まえた妖精を置いて逃げろってのはなあ~~、俺たちに損しかない話じゃないか? そこは『捕まっている奴らは諦めるから、もうどっか行ってくれ』じゃないか? そこがギリギリの交渉ラインじゃないか? ん? 俺たちがバカだからって、舐めてんのか?』
『なるほど、一理ある。だがこうも考えられないか? 妖精たちの土地に踏み込み、暴力を振るい、ケガを負わせた。にもかかわらず、去れば追わないと言っている。これはこれで譲歩といえるんじゃないかい?』
『ほぉおおぉお』
交渉に参加できない十二は、ちらりと妖精たちを見た。
誰に指示されることもなく、彼女たちは手を止めて交渉の行く末を見守っている。
どうやらギボールに賭けているようだった。
『うんうん、もっともだ。お互いの主張は正しいと思うぜ』
翻訳の関係なのか、巨人の言葉は理性的すぎた。
うるせえ死ね、とか言いそうなのに、割と話に付き合ってくれていた。
『お互いに譲れない条件があって、交渉ではまとまらない。だったら争うしかないな』
『そうだねえ、それじゃあ全面戦争といくかい?』
『そうしたい、そうしたんだが……俺はともかく、部下はそうもいかない。そこのお人形と戦って、部下の指の一本でもぶっ飛んでみろ。戦うって決めた俺はとんでもなく恨まれるぞ?』
(そうっすね)
『だからよ、ここは俺一人と人形一体の一騎打ちってことで納めようぜ。安心しな、どっちが勝っても俺たちは帰る。ただしお前の人形が負けたときは、捕まえた妖精たちは連れていく。それでいいか?』
自分たちを置いて、勝手に話が進んでいる。
被害者である妖精たちからすればとんでもない話だった。
抗議したい気持ちがある、両方を怒鳴りつけたかった。
しかし自分達では巨人に勝てないことも事実。
もはや黙ってみていることしかできなかった。
『落としどころとしては十分だろう、ご主人様もこれでいいかな?』
「え、いや……いいのかなあ? 捕まえた妖精を連れて行ってもいいっていうのは……」
『そらあああああああ!』
交渉がまとまり十二が条件について熟考を始めた刹那、巨人の頭目はリモートメイルのうち一体を思いっきり蹴っていた。
重量感があるはずのリモートメイルは大きく吹き飛び、そびえたつ花の茎にぶつかってへし折りながら地面に落ちる。
いきなりの急展開に、誰も考えが追いつかない。
しかしギボールだけは、冷静に発言をしていた。
『ほお、最初からこうするつもりだったか。油断したところを全力でズドン、単純だがいい戦法だ。巨人の力で蹴り込めば、鉄の塊でも壊せるだろう。だが、この場のリモートメイルはすべて超高級品、鉄なんかとは比べ物にならないほど堅い』
『ぎゃあああああああああ!』
『全力で蹴ろうものなら、君の足の方がへし折れる』
リモートメイルを蹴った巨人の頭目の足は、壊れたオモチャのようにへし折れていた。
子供のように泣きわめく彼を、誰も止めることはできない。
『俺の足がああああ! 骨があああ!』
『く、くそ、逃げるぞ!』
『妖精どもはどうする?』
『どうするってお前……お前……置いていけ!』
とてもじゃないが勝てないと理解した巨人たちは、正式に締結されたわけでもない約束を履行した。
捕まえていた妖精たちを詰め込んだ袋を置いて、歩けなくなった頭目を担いで逃げていく。
『クリファ様はかくおっしゃった! まず自分の体を大事にしろ!』
『元気な体があれば、何度でもトライできる!』
『ということで今回は逃げるぞ~~!』
(潔い……)
惨めさを隠そうともしない姿に、十二は何もできなかった。
これはこれで、強さと弱さを併せ持つと言えなくもない。
『ヴィヴィアン様、奴らが逃げます! 追撃しますか?』
『奴らは放っておけ、それよりも捕らえられていた仲間の救助をしてくれ。私は……』
妖精の隊長らしき女性が、フワフワと近づいてくる。
十二は初めて見る妖精を、まじまじと観察してしまっていた。
(すげえアンバランスだ……)
まず目につくには、キツい顔である。ひっ迫している状況もあるのだろうが、幼さのかけらもない険しい顔をしている。
肉体は人間基準で見ればいびつに幼い。手足は赤ん坊のように太く、丸々としている。
小柄な体についている羽は、蝶のようでもありトンボのようでもあった。
『なんだ貴様、妖精の体をじろじろと見て……何か言いたいことがあるのか』
「すみません、初めて見たので……」
『まあいい。正直に言って助太刀には感謝している。礼を言いたい気持ちもあるが……はっきり言って、まったく信用できない。いささか心苦しいが……いや、違うな。我らには精神的な余裕がない、疑心暗鬼に陥っていると自己申告させていただこう。できれば早急に立ち去って、二度とここに来ないでいただきたい』
聞いたことのない味方など、知らない敵と変わらない。
信じて受け入れることなどできない、という姿勢を前面に出している。
手に持ったスリングショットを構えており、一色触発の空気を出していたが……。
『そこまでじゃ、ヴィヴィアン』
彼女を抑える声が、遠くから聞こえてきた。
すぅ~~と移動してくるのはやはり妖精。
体形はほぼ同じだが、顔を見るにヴィヴィアンと呼ばれた妖精よりも年上だった。
『は、母上! ここはまだ安全ではありません! どうかお下がりを!』
『そんなことをいっている場合か。その方々は確かに味方じゃ。武器を向けるのをやめい』
きっぱり言い切ると、現れた妖精は十二やギボールの前で頭を下げる。
『ワラワは妖精郷の女王、ティタニアという。助けていただいたにもかかわらず、娘が無礼を働いたこと、許していただきたい』
『気にしちゃいないよ。ねえ、ご主人様』
「う、うん! ぜんぜん怒ってないです! あ、で、でも、その……ちょっといいですか?」
ギボールが『雑に言って味方』と説明していたように、十二たちは一種の義侠心で助けただけである。
厳密には味方でも何でもないのでヴィヴィアンの判断が正しいのだが、なぜティタニアは味方だと言い切ったのか。
「そ、その、俺たちは……えっと、あの」
『なんと、タヌキを連れてきておるのに事情を知らぬのか?』
「うぇ!?」
どうやら強めの翻訳が発動したらしく、一瞬で意図が伝わっていた。
十二も驚くが、ティタニアの方も驚いていた。
「え、いや……なんかその……」
『むむ、シューリンガンはやられてしもうたのか。それでは知らずともしかたないのう』
(説明しているはずなのに、説明できてなくて、しかも理解されている……)
『母上、どういうことですか? こいつも何が何だかわかっていないようですが……』
『ヴィヴィアンよ。お前が混乱する気持ちもわかる。お前には知る資格があり、ワラワも説明したくもある。だが今はそれどころではない』
ティタニアの言葉から、十二はおおむねを察していた。
「この人、説明する気がないっす。このまま話を進める気みたいっす」
『まあまあ、それはそれでありがたいじゃないか。実際状況は解決していないしねえ』
『うむ。おぬしらの助力によって、追い返すことはできた。しかし奴らを皆殺しにしたわけではないし、他にも仲間がおるじゃろう。このまま何もしなければ、奴らは戦力を増強して再び攻めてくるはずじゃ。少なくとも、敵の前線基地を叩かねばならん』
『母上の判断は正しいと思います。しかし奴らの前線基地がどこにあるのか、それはまだ調べる段階で……』
『いや、どこにおるのかは概ねわかっておる。我が娘ヴィヴィアン、シューリンガンの娘ポンポコピーよ。そこなお方とともに、アポカリプスシティに向かうのじゃ! そこですべての真実がある!』
『承知しました、母上!』
『なんかよくわかりません! でも頑張ります!』
「野暮かもしれないっすけど、今ここで全部話してもらうわけにはいかないですかね」
『まあまあ、次の目的地も決まったからそれはそれでいいじゃないか』
こうしてヴィヴィアンを仲間に加えた彼らは、一路アポカリプスシティを目指すのであった。