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ノイズ

 十二にとって、先日の危機的な状況は記憶に新しい。

 人生で最大の危機がラッシュを仕掛けてきたので、記憶に焼き付き、人生観を大きく変えていた。


 ポンポコピーという狸の女性は、きっと怖かったのだろう。

 逃げ惑い、疲れ果て、もうダメだと思いながら気絶したのだろう。

 その気持ちは、痛いほどよくわかる。


 自分はギボールに助けてもらえたが、彼女は誰にも助けてもらえない。

 それならば自分が、という気持ちになっていた。


 なお、彼女やその家族の名前が特大のノイズだった。


(モロコシ大陸のパイポ山、シューリンガンとグーリンダイの娘……ポンポコピーとポンポコナ。何もおかしくはないんだ、何もおかしくないんだ……振り切れ! 俺!)


 雑念を振り切り、目の前にいる、かわいそうな狸の女性と向き合う。


(ダメだ~~! 今度はなんか、別の扉が開きかけてきた~~!)


 今度は故郷の○○的なコンテンツが先入観になって、彼女を良く無い目で見てきた。

 十二は思春期なので、仕方がないと言える。


『……十二君、ここは吾輩が話を進めていいかね?』

「お願いしまっす!」

『えっと、それじゃあポンポコピー君。君たちはなぜクリファ教団に襲われていたのかな?』


 仕方がないのでギボールが話を進めた。実に出来た使い魔である。


『わからないのです……私たちは平和に暮らしていたのに、いきなり現れて……捕まえて……抵抗したら殺されて……。クリファ教団は、まるで人間みたいなやつらです!』

(うんまあそうだけども、人間である俺の前で言わないでほしいな)

『なるほど。それではクリファ教団とは、因縁などはないと?』

『そもそもクリファ教団など、襲撃してくるまで聞いたことがありませんでした。父や母も知らない様子で……』

『ふむふむ……しかし、うむ、しかし……』


 しばらく考え込むギボールは、そのあと十二にもわかるように説明した。


『これは本格的な捕獲計画だね』

「え、そうっすか? さっきの狼男たちを見てると、凄くしょぼかったと思うんですが」

『逆、逆。ライカンスロープは化け狸の天敵なんだよ。彼らが相手でなければ、化け狸はそう簡単に捕まるものじゃない』


 十二からすれば、絵に描いたようなチンピラ、最初の雑魚キャラにしか見えなかった。

 しかし化け狸を追い詰めていた、ということがすでに彼らの有能さに表れである。


『化け狸に限らず変化を得意とする妖獣は、なにより逃走を得意とする。だがライカンスロープの鼻は化け狸の臭いをかぎ分け、その咆哮は変化を破る。逃げようとしても逃げきれないのさ』

『おっしゃる通りです……私たちは最初、変化をして逃げようとしました。でもあいつ等が吠えたら、びっくりして変化の術が解けてしまったのです。やむなく戦いましたが、到底勝てるはずもなく……。変化を使わずに逃げていても、どこまでも追いかけてくる始末。もうどうしていいか……』


(これは思ったよりもヤバいのか……)


 化け狸たちを捕まえて何をするつもりなのかはわからないが、戦力の層は厚く計画性があることも確かだった。

 組織を相手どることの、その恐ろしさが透けて見えてくる。

 だからといって、見捨てる気はない。助けなければきっと後悔する。カウンセリングが必要なレベルで気を病むだろう。


「ギボールさん、狸たちを助けに行きましょう」

『ふふ……ああ、そうだね』

『案内させていただきます!』


 ポンポコピーと合流した二人は、一路パイポ山を目指すのであった。




 モロコシ大陸、パイポ山。

 山のほとんどが竹で覆われている、緑豊かな山だった。

 人語を解する化け狸たちの縄張りであり、彼らは外敵に脅かされることもなく平和に暮らしていた。

 

 そんな時突然現れたのが、クリファ教団を名乗るライカンスロープたちだった。

 彼らは化け狸たちのもつ変化の術をあっさりと破った。立ち向かう狸を殺し、逃げる狸を捕まえていった。


 粗雑な檻に詰め込まれた(・・・・・・)狸たちは、仲間の体重で圧迫されながら苦しんでいる。

 このまま詰め込まれているだけでも死ぬのだろうが、そのあとはどうなってしまうのか。

 文明的、文化的な扱いは期待できないだろう。


 多くの狸たちが涙する中、吉報が耳に飛び込んできた。

 逃げた狸を追いかけていたライカンスロープの、情けない声が聞こえてきたのである。


『て、てえへんだ、兄者!』

『兄者じゃねえ! 中隊長様と呼べ! お前も小隊長になったんだからな! そういうのをきっちりしろ!』

『は、はい! 中隊長殿! 報告します! 一匹のメス狸を追いかけていたら、なんかヤバい奴らに邪魔されました!』

『はあ!? このあたりには化け狸しかいないはずだぞ? なんかヤバい奴っていっても、狸が化けていただけじゃねえか?』

『いやいや! 俺だってライカンスロープだぜ? 狸かそうじゃないかは、臭いでわかるって』

『……おい、もっとちゃんと喋れ! 小隊長だろ?!』

『それは兄貴も同じだろ!? と、とにかく……なんかわからねえが、狸の味方みたいだぞ!』


 粗雑な檻の中に詰め込まれた狸たちは我が耳を疑った。

 ライカンスロープの言う通り、このあたりには狸ぐらいしかいないはずだった。

 狸を助けられる者に心当たりなどない。

 何が何だかわからないが、それでも吉報だった。


『なあ中隊長、面倒なことになる前に『本隊』へもどらないか? こんだけ狸がいれば一匹ぐらいどうでもいいだろ?』

『そうそう。一匹逃がしたって、俺たちがなんも言わなければバレようがない』

『元々二匹も捕まえればいいところを、全部捕まえようって話になっただけじゃねえか』


『お前らの言いたいこともわかる。わかるが……まあちょっと考えてみろ。このまま帰っても面白くないじゃねえか』


 化け狸をたくさん捕まえるという難事も、ライカンスロープたちにとっては楽勝すぎて張り合いがなかった。

 濡れ手で粟をとっても、達成感は得られないのである。


『手強い敵の一人でもやっつけた方が、ぐっすり眠れるとは思わないか?』


『いいですねえ! よっしゃ、よっしゃ! 中隊長の命令に俺は従うぜ~~!』

『いやあ、どんな奴が来るんだろうなあ!』


 逃げようとせず、むしろ迎え撃とうとするライカンスロープたち。

 それは狸たちにとって、救助が間に合うかもしれないという希望を抱かせるものだった。

 だが捕まっている狸の中で、ポンポコナだけはむしろ助けが来ないことを願っている。


『ポンポコピー……どうか貴方だけでも逃げて……!』


 妹が自分だけ助かろうとするなどありえない。

 助けを得たのなら、ここに来る。

 そうわかっているからこそ、彼女は妹がここに来ないことを祈っていた。


『そこまでだ! 悪党ども!』


 その祈りは届かず、ポンポコピーの声が聞こえてきた。

 嬉しさと悲しさが混じった涙を、ポンポコナは流していた。


『なんの罪もない狸たちを捕まえて、そんなふうに詰め込む……まさに人間の如き所業! 許すまじ!』

(だから、俺のことも考えてほしいんだけども)


 ボロボロの服を着ている十二と、人魂のギボール。その影に隠れる形で、ポンポコピーが現れた。

 大勢のライカンスロープが集まっているおそるべき死地で、ポンポコピーは実に臆病な振る舞いをしている。言葉だけは勇敢なので、実に滑稽であった。


『ハングドマン様! どうか、どうか姉や仲間をお助けください!』


『ははは! 許すまじ、とか言っておいて、結局他人任せかよ!』

『ハングドマンとはまた、酔狂というか気取った名前だな! 斜にかまえて、格好をつけていやがる!』

『名前通り、そこいらへんの木に縛り付けてやるぜ!』


(俺は異世界に来てまで、名前で弄られるのか……)


 世の無常を呪いつつ、十二は鍵束を構えた。

 いくつものキャリアーが出現し、その内部からリモートメイルが出撃する。


「プロトタイプ、シップスラッシャー、シールドホルダー……開放リリース!」


 三体ものリモートメイルが展開され、ライカンスロープの群れと対峙する。

 重厚な威圧感にライカンスロープたちはやや怯むが、中隊長と呼ばれていた、ひと際大きな男の叫びでそれも吹き飛んだ。


『なんだ、思ったより楽しめそうじゃねえか。よし、全部ぶっ壊しちまおう! ご自慢のオモチャが壊された泣き顔を、ぼこぼこのぐちゃぐちゃにしてやろうぜ!』

『おおお~~!』


『お願いします、ハングドマン様!』

(この子は俺頼りだけど、俺もリモートメイル頼りなんだよなあ……)


 そこからの『戦い』は、実に一方的だった。

 リモートメイルは超級錬成金属製であり、何より中に人間がいない。

 

 殴られても殴った手が折れるだけ、攻撃を防御すればその腕が折れるだけ。おまけに素早く力も強い。

 まったく勝負にならず、ただ叩きのめされるだけだった。


『あ、兄者! 無理! これ、無理だ!』


『お前ら! クリファ教団の第一義はなんだ!?』


『なによりもまず自分の身の安全!』


『その通りだ! 全員撤退!』


 ライカンスロープたちはものすごく潔く、早々に撤退していた。

 尻尾を巻いて逃げ出すという言葉がこの上なくぴったりなほどに、全員で一斉に逃げていった。


「……判断が早いっすね」

『こんだけ実力差があったらそりゃ逃げるさ。吾輩、ああいう賢さは嫌いじゃないよ。それにしてもクリファ教団とやらは思ったよりまともみたいだね。君も想像したように、カルト宗教ってのは『逃げたら殺す』とか『逃げるのは神への冒涜』とかいうのにねえ』

「そもそも俺殺されそうになったし、狸たちも捕まりかけていたのでは?」

『ははは、それはそうだ、君が正しい。さて……』


 ライカンスロープたちが逃げ出した後も檻はそのまま。狸たちは押し寿司のようにぎちぎちに詰め込まれたままだった。

 みるからに痛々しい彼らを見ていると、ライカンスロープたちが『まとも』とはとても思えない。


『姉さま! 姉さまはいずこ!?』

『こ、ここよ、ここ……』

『ああ、姉さま! 声は聞こえるのですが、どこにいるのかわかりません!』

『……はやく、はやく、出して!』

『そうですね! では引っ張り出します! さあ、手を伸ばして!』

『そうじゃありません! 檻を開けてください!』


『そうだそうだ! お前もうちょっと考えろ!』

『このバカ! アホ! ドジ! 間抜け!』


 檻に押し込められている狸たちは、檻を開けろと騒いでいた。

 このまま普通に檻を開けていればヒーローになれたであろうに、残念な話である。


「檻……檻かあ。近くに鍵とか置いてありますかね?」

『君はゲームに毒されているねえ、こういうのは壊せばいいんだよ。ほら』


 これがゲームなら、プレイヤーキャラが下りの前で決定ボタンを押すことで檻を開けるか、近くに鍵が落ちていてそれを拾うことでイベントが進むだろう。

 そんな面倒なことをしなくても、ここにはシップスラッシャーがいる。彼は一瞬で檻を切り刻んでいた。もちろん中身の狸には傷を負わせないままである。


「お~~!」


 鮮やかな救出に、十二は思わず拍手する。

 がらがらと崩れる檻の中から、狸たちは這い出てきた。


『姉さま~~!』

『ちょ、まって! 押し込められていたから、体が痛いの……』


『いででで……ひでえことしやがる……』

『トイレ、トイレ、トイレ~~!』

『俺の毛がえぐいことになってる~!』


 劣悪な環境下に置かれていた狸たちは異臭を放ちながら、なんとか自分の状態を復旧させようとしていた。


「あの……俺が持っているガジェットで、役に立ちそうなものあります?」

『もしもあったら、今の君に使ってるよ』

「……そうっすね」


 思わず鼻をつまみかけた十二だったが、現在の自分が不衛生で不潔なことを思い出して手を止めるのであった。




 化け狸たちもケモではあるが、獣ではない。

 しっかりと衛生環境を取り戻し、検めて十二にお礼を言い始めた。

 これで汚いのは十二だけである。


『危ないところを助けてくださり、ありがとうございました。パイポ山の化け狸を代表し……父であるシューリンガン、母であるグーリンダイに代わってお礼を言わせていただきます。なんのお礼もできないことが、心苦しくて仕方ありません……』


 ポンポコナを先頭にして、化け狸たちは十二の前で頭を下げる。

 実に礼儀正しく、文明的な振る舞いだった。


(獣のようで、人間より礼儀正しい。なかなかケモポイントが高い……)

『君、くだらないことを考えないようにしてくれ。吾輩の思考にノイズが走る』

「すんません」

『さて……これはポンポコピーちゃんにも聞いたことだが、クリファ教団について知っていることはあるか? 吾輩たちも少しの因縁がある相手でね、情報は少しでもほしい』


 十二の生理的欲求を諫めつつ、ギボールは質問をぶつけた。

 敵はあっさり逃げていたが、その点を除けば計画的に捕獲を企てている。

 なんの目的もなく捕まえようとした、とは到底思えない。


『申し訳ありません、私たちも何が何だかわからないのです。しかし……』


 ポンポコナは痛ましい顔をしながら、可能性を口にした。


『父と母は、何かを知っているようでした』


〈クリファ教団……我らを捕まえに来た、だと? では狙いはアレか?〉

〈勝てないかもしれないし、逃げることすらできないかも……妖精の女王へ救援を要請しないと!〉


(妖精に要請……)

『くだらないことを考えないの。とはいえ、なにか(・・・)はあるのか。いやしかし……それにしてもおかしいな。なにかを狙っている割に、知っていそうな者を探し出そうとしていない。実際なにかを知っていたシューリンガンとグーリンダイも殺してしまっている。狸以外を探す準備もしていないし……はて?』


『私たちが知っていることと言えば、父や母が頼ろうとしていた妖精の居場所です。そこにいけば、何かがわかるかも……いえ、もしかしたら、そこも襲われているかもしれません』


 シューリンガンとグーリンダイが死んでしまった以上、状況を把握していそうなのは妖精の女王だけであろう。彼女が関係者ならば、化け狸同様に襲われている可能性もある。

 一つ確実なことがあるとすれば、このまま放置すればクリファ教団の思う壺、ということだ。


「ギボールさん、そこに行った方がよくないですか?」

『同感だね。このまま何もわからないままにしておくのは面白くない、妖精の女王の元へ行こう』


『そういうことであれば……ポンポコピー、貴方がハングドマン様を案内して差し上げて』

『わかったわ、お姉さま! そしてもしもの時は、お父様やお母様の仇も討ちます!』

『そんなもしもの時が来たら、無理はせず、逃げるように。ハングドマン様に迷惑をかけないでね』


 かくて、ひとまずパイポ山を救った十二。

 しかしクリファ教団の目的はわからないままであり、狸たちが襲われた理由も不明だった。

 真実に近づくべく、妖精の女王の元へ向かうのであった。

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クリファ教団、逃走してもOKとは意外ですね 他に教義があるのか気になりますね
種族存亡の危機の筈なのに、名前から来る脳内の絵面がどうしても笑いを誘う。 読み手の脳にすらノイズを掛けてどないすんねん。
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