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リアル脱出ゲーム 5

 初めて大魔法使いと呼ばれた、恐るべき男がいた。

 その名はタブー。

 大魔神ギボールさえも倒した彼は、晩年に誰も知らぬ秘境へ身を隠し、人生の最後を迎えたという。

 その終の棲家には、彼が生涯蓄えた膨大な財産が眠っているという。


 そんな噂が出回っていた。


 それと同時に、こんな憶測もあった。


 タブーは膨大な財産を守るために、相応の防衛設備を準備しているはずだと。

 それはタブーが死んだ後も機能し、主無き住処を守っているはずだと。


 二つの噂は、真実だった。

 タブーの屋敷には膨大な財産が眠っており、同時に相応の防衛装置が存在していた。


 人外魔境の地に建てられたタブーの屋敷は、過去何度か発見された。

 トレジャーハンター、冒険家、好事家。

 多くの人が探したがゆえに、少数の者が到達した。

 しかし誰もが、防衛装置に阻まれ、命を落としていった。

 発見した、という報を持ち帰ることもできずに。


 そのような死地に、一人の少女が訪れていた。

 大海のど真ん中にある、小さな孤島。

 寂しいように見えて、うっそうと森が茂っている。


 船にも乗らず、一人で現れた彼女は、あらゆる意味で場に似つかわしくない姿をしていた。

 まず、見目麗しい美少女であった。太陽の下、大海の上に浮かんでいるが、日焼けなどみじんもない白い素肌をしていた。

 またその服装も、華美を極めている。

 彼女の着ている服、小物には宝石がちりばめられており、それぞれが魔力を帯びているが、どれもが純粋な鑑賞用である。

 魔力を帯びているというのは純粋に見栄えのためであり、ある意味では装飾品として純粋ともいえるのだが、全身を飾り付けているため目に痛い。

 もはや成金趣味。自分の財力を誇示すること自体が目的となっており、見栄っ張りという印象しか与えない。

 仮に社交界へ出たとしても、下品だと思われてしまうだろう。

 そんな姿で野趣あふれる島にいるのだから、場違いも甚だしかった。


「ふうん……これは、当たりかもねえ」


 そのような彼女は、興味深そうに『島』を見下ろしている。

 上空から屋敷のある島を観察すれば、何がどうなっているのかは明らかだ。


 朽ちかけた屋敷の敷地内には、いくつもの朽ちた防衛設備の残骸が見て取れる。

 そのうえ、『生きている』防衛設備である品種改良された植物型のモンスターは、極めて規則的に配置されており、意図して植林されたと分かる。

 それも十年後、二十年後を見越した、極めて高度で計算し尽くされた植林であった。

 それが証拠に、植物型のモンスター群は、ろくに手入れもされていない状態でありながら、完成した生態系を保っている。

 そして完成した生態系は、そのまま完成した防衛体制となっていた。

 毒ガスを散布する花、種子を発射する背の低い木、切断性能を持つ花弁をばらまく大樹など……。

 屋内菜園にあった植物が、肥大、巨大化し、完全なフォーメーションを構築していた。

 仮に一つの植物群を攻撃しようとしても、他の植物群がカバーする。そのような体勢になっていた。


「これだけ朽ちていて、その上強力な防衛設備……クリファ様(・・・・・)より更に以前の、最初の大魔法使いの屋敷とみるべきよねえ……でも」


 ここで彼女は、少し顔を曇らせた。


「屋敷に入るには、こいつらを駆除しないといけない。それは……もったいないわね。ああ、もったいない。これだけの防衛体制を、力任せのごり押しで突破して、跡形もなく壊乱させるなんて……もったいない」


 もちろん、自分の命を危険にさらす、自分の命がもったいない、ではない。

 それどころか、そこまでする価値がない、疲れるからやりたくない、でもない。

 たとえるのなら……ガラス細工が道に大量に落ちていて、踏みつぶしながら歩かなければならない、という状況に近かったのだ。

 今まで数多の人々を食い物にしてきた植物群も、彼女にとっては簡単に壊れてしまうガラス細工に等しかった。


「……仕方ないわね。これも偉大なるクリファ様のため、多少の損失も受け入れましょ」



 保管庫の中にいた十二たちは、屋敷全体、あるいは島全体を揺らす戦闘を感じ取っていた。

 常ならざる事態が、外敵が侵入してきたのだ。否応なく、理解させられる。


『マズいな……音の感じからして、ぎりぎりで突破してくる、という感じじゃない。圧倒的な実力者が、悠々と制圧してくる感じだ』

「それって、ヤバいんじゃ?!」

『ああ、ヤバい。かといって、逃げることも難しいだろう。君を召喚した部屋は壊されているようだし、今から修理というのも現実的じゃない』

「それじゃあどうすれば?」

『リッパーとスレイヤーは出しっぱなしだったね? それならその二体だけでいい……とりあえず交渉しよう、吾輩に任せてくれたまえ』


 ギボールはいきなり戦闘に入るのではなく、交渉しようと提案した。

 十二としてもいきなりのことでパニックになっているので、全力で頷いている。


『さて、ではこちらから出迎えに……行く必要は、なさそうだ』


 朽ちかけていた屋敷の外壁が、巨大な『質量』によって破壊され、内部に日の光が差し込んできた。

 すさまじい量の砂やほこりが煙を形成し、風が吹き荒れた。


 二体のリモートメイルが十二を守ったが、音と震動だけで十二はパニックである。

 そんな彼の前に現れたのは、やはり美少女であった。


『あら、先客がいたのね。これは思ったよりぎりぎりだった、ってことかしら? 私がわざわざ正面から入ってきたのに、実は裏道があったなんてね』


『……マズいな、思ったより面倒な事態のようだ』

「ど、どうしたんですか?」

『吾輩も大魔神としてそれなりに長く生きてきたが……こんな生き物は初めて見る』

「……俺も、初めてです」

 

 その美少女の体からは、汗のように金属がこぼれていた。

 水銀のように、常温で液体の金属、というわけではない。

 むしろその逆。異常な粘度の、粘土そのもののように柔らかく変形しながら彼女の周囲を巡っている。

 そして彼女はそれを当然のようにとらえていた。


『とはいえ……私の物欲センサーにも、他に価値がありそうなものは感じられない。これは貴方が先に集めてくれて、面倒がないってことかしらね』


『……さて、見目麗しいお嬢さん。少しお話をしてもよろしいかな?』


 ギボールは美少女の言葉を同時通訳しながら、交渉を始めていた。


『吾輩の名はギボール。名前こそ立派だが、現在はこの少年のファミリアだ。お嬢さんと交渉をしたい』

『この状況で私が貴方たちと交渉をするとでも?』

『吾輩は不条理や理不尽を嫌うし、吾輩の主である少年も無用な殺生は好まない。話し合いで解決できるのなら何よりだろう』


 穏便にことを済ませようとするギボールの言葉に、十二は全力で頷いている。


『お嬢さんも察しの通り、ここは大魔法使いタブーの終の棲家だ。そこに残っているガジェットは、すべて我が主が持っている。一つでも膨大な価値があるのだから、山分けにしても末代まで遊んで暮らせるぞ?』

『貴方たちを殺して奪えば全部得られるけど?』

『うむ、それもアリだろう。だが……もしかしたら、とは思わないか?』


 ギボールは意味深な挑発を行った。


『お嬢さんにも自信はあるだろうが、吾輩たちのことは良く知るまい。もしかしたらお嬢さんより強いか、あるいはお嬢さんを煩わせるぐらいには強いかもしれんぞ?』

『……まあ、何の事情もない雑魚が、ここに居るわけないものね』

『如何にも。わざわざ無駄にリスクを負うこともあるまい。無論頼んでいるのはコチラ、選択権はそちらにあるがね』


 相手が思ったよりも話が通じるので、十二は冷静になってきた。

 冷静になったからこそ、このまま穏便に済むことを願っていた。

 話が通じる相手を殺すことなど、平和な国で育った彼は求めていない。


『考えたけど、殺して全部奪うことにしたわ』


 そんな願望は、あっさりと打ち砕かれていた。


『価値のある『物質』は、たしかに貴方のご主人様が持っている。半分でも持ち帰れば、私は大いに褒めてもらえるでしょうね。でも全部持って帰れば、もっともっと褒めてもらえる。少々の面倒や危険を冒す価値があるわ』


『……違いないね』

「もうちょっと交渉を頑張って!」

『いや~~、アレは無理。最初から譲る気がない』


『その通り……私はクリファ様より授かった名にかけて、一切の妥協をしないわ』


 余裕と邪気を含んだ笑みを浮かべて、少女は名乗りを上げる。



『私こそ、クリファ教団最精鋭、十騎士が十番……物質主義者(マテリアリスト)よ』


「……は?」



 名乗りを聞いて、十二は気の抜けた言葉を出してしまった。

 ギボールを介して意訳を行っているからか、彼女が自分を『物質主義者』だと名乗っていることに驚いたのだ。


 まだ若い彼は、物質主義者という単語を知らない。

 しかしその意味するところは、既に察していた。

 まず間違いなく、ポジティブな意味合いではあるまい。


『……何かしら。まさか誇りある私の名前に、ケチをつける気?』


 どうやら美少女、マテリアリスト側に対しても、通訳は強めに届いていたようである。

 十二が『うわあ、かわいそうな名前だなあ』と感じたことが、なんとなくだが伝わった様子であった。


「い、いや……そうじゃないっていうか、なんていうか。いや、その……正直、かわいそうな名前だと思ってます。いじめられてないか、不安になりました」

『なんでアンタにそう思われないといけないのかしら?』

「いやその……俺も、変な名前だから、そう思っちゃって」

『そういえば、アンタの名前は聞いてなかったわね』

「十二です……」

『……はあ? 吊られた男(ハングドマン)?』


 ギボールによる通訳が強めに働いている、あるいは翻訳してから再翻訳しているからか、十二の名前の由来が彼女にも伝わった様子である。


『……アンタに名付けた親、何を考えてるのよ』

「おっしゃる通りです……」

『まあそういう理由なら、共感性羞恥みたいなものを感じるのかもしれないわね。いいわ、少々の無礼は許してあげる。でもね、あいにく私は自分の名前を素晴らしいと思っているの』


 物質主義者なる名前を授かっていることを、彼女は誇りに思っていた。

 それはつまり、彼女自身も物質主義者なのだろう。


『それにそもそも、貴方たちは私の信条とする物質主義を勘違いしているんじゃないかしら?』

『それはそうかもしれないねえ。自分の信念を一言で伝えきるのは難しい』

「せ、説明、おねがいしま~す」


『貴方たちの考える物質主義者は『物質こそ最も素晴らしい』という奴かもしれないわ。でもね、少なくとも私は違う』


 まさに物質主義者と呼ぶにふさわしい、宝飾品まみれの姿を彼女は晒した。


『自分の指より大事な指輪はないし、自分の耳より大事なイヤリングもないし、自分の首より大事なネックレスもないわ。むしろある方が異常でしょう?』

『それはそうだね』

「そうっすね……」


 今まさに命の危機に瀕している十二は、全力で頷いていた。

 宝を全部差し出してでも、彼女に許しを請いたい気分である。


『物質主義と言っても、物質が一番上とは思ってないわ。自分、あるいは尊敬する相手、大事なお方。そちらの方が比較にならないほど大事よ』


 マテリアリストの掲げる物質主義とやらは、思いのほかまともであった。なんなら、共感すら可能であった。


『でもねえ、愛する人、尊敬する人に何を贈るかと言えば……それは物質でしょう?』


 異様な殺気を放っている彼女だが、発言はどこまでも俗物で、だからこそわかりやすい。


『より多くの物を、より価値がある物質を捧げた者こそ評価されるべきよ! それが一番わかりやすく! そして公正で公平! 私はそう信じている! クリファ教団で随一の存在になるには……クリファ様から寵愛を得るには! 妥協なんかしない、すべてを手に入れてすべてをささげるわ!』


 彼女の肉体から、膨大な金属が流れ出す。

 それは巨大な塊となって、十二に襲い掛かってきた。


「ひぃいいいいい!」


 思わずうつ伏せになる十二。

 無力な主を守らんと、イモータルリッパーが飛翔した。

 両手両足の刃で、巨大な金属の塊を一瞬でバラバラにする。


『あら、いい切れ味ね。でも……私の金属は、バラバラにされたぐらいじゃ止まらないわよ?』


 分解された金属は、それぞれが独立した金属の弾丸となって十二へ再攻撃を行う。

 分解されてなおバスケットボールほどの大きさがある金属が命中すれば、十二がどうなるかなど考えるまでもなかった。


 しかしデモンスレイヤーが躍り出し、その拳ではじき返していく。

 地面や床、壊れかけていた壁にぶつかった金属は、しばらく止まったあとマテリアリストの元へ戻っていく。


『あらあら、強いわねえ。さすがは大魔法使いタブーの遺産……ますますほしくなっちゃった』


「あわわわ……!」


 一時凌げたというだけで、何の問題も解決していない。

 マテリアリストは余裕たっぷりに笑い、十二は怯えて震えるだけだった。


『ふむ。これは思ったよりも強いな……このままやっても勝ち目がないかもしれない』

「そんな!?」

『……ところで十二君。吾輩は先ほど、君をご主人様と呼んだね。君もそれを特に否定しなかった』

「え?」

『吾輩と君は主従関係、ということでよろしいかな? その方が話が円滑に進むのだが』

「円滑に! 円滑にお願いします!」


 ギボールののんびりとした話の間も、イモータルリッパーとデモンスレイヤーは戦い続けている。

 二体とも奮戦してくれているが、守るのが精一杯であった。

 守っていては、勝ち目など見込めるわけもない。


『よろしい! では我が主よ、これから吾輩の言う呪文の復唱をしてくれたまえ。吾輩としては、もうちょっと後で。それも厳かな雰囲気の中でやりたかったが……まあ仕方ない』

「しますから! 急いで!」


 十二は必死でギボールを急かしていた。

 しかしギボールは、あくまでも静かに語り掛ける。


『大いなるセフィロト、大いなるセフィラ』

「大いなるセフィロト! 大いなるセフィラ!」


『第五の球体、峻厳の大魔神』

「第五の球体! 峻厳の大魔神!」


『ギボール……主従召喚(エンゲージ)

「ギボール! 主従召喚(エンゲージ)!」


 人魂に過ぎなかったギボールと十二の間に、一本のつながりが現れた。

 それは花咲く茨であり、一種攻撃的なようで、しかし情熱的でもあった。


 十二の体からおびただしい魔力がぬき取られ、茨を介してギボールへ供給されていく。

 その発光はすさまじく、余裕を持っていたマテリアリストをしてひるませるほどだった。


『何よ、今の呪文は! 大魔神!? そんなもの、人間が使役できるはずも……まさか!?』


『その通り、彼は生命樹の果実を食べたのだよ』


 大魔神ギボール。

 その復活に合わせて、二体のリモートメイルは頷きあい下がった。

 十二のすぐそばで、従者のように控えている。


「ギボール……?」

『うむ。君からの供給によって、一時的に復活させてもらった。いささか性急な気もするが、出し惜しみする場面でもあるまい』


 牙はなく、翼はなく、尾もない。

 異形ならざる、人間離れした美貌の持ち主だった。

 麗しい、雌豹のような女性だった。

 猫科の肉食獣を思わせる、しなやかなで長く、しかし太さも兼ね備えた肉体を持つ彼女は、十二の傍でくつろぐように腰を下ろしている。

 余裕綽々の態度でゆったりと立ち上がると、マテリアリストに微笑んだ。


『さて、改めて名乗らせていただこう。吾輩は大魔神、峻厳のギボールだ。かの大魔法使いタブーに敗れ、命を落としていたが、こうして十二の下僕として復活させていただいた次第』

『大魔神と同じ名前だとは思っていたけど……まさかご本人様とはね!』

『うむ、驚いてくれたようだな。さて……お嬢さんが自分なりの物質主義を語ったように、吾輩も吾輩なりの峻厳を語らせてもらおう』


 物質主義がそうであったように、峻厳もまた十二が知らぬ言葉だった。

 だがその意味するところは、やはり翻訳によって伝わってくる。


「峻厳。とても、きびしいこと」

『うむ、峻厳とはそういうものだ。しかしねえ、吾輩は峻厳を少し狭く考えている。峻厳を理不尽や不条理と混同してはならないし、そうとらえられかねない状況にならないようにしている』


 峻厳がとても厳しいことを意味し、ギボールがそれを冠する大魔神だというのなら、とても厳しい大魔神だと考えるべきだろう。

 しかしながら十二の知るギボールは、とても親切で、なんなら甘やかしてくれさえした。


『なんの落ち度もなく、偶然巻き込まれた迷子に厳しくすることを、吾輩は峻厳と思わない。同様にして、吾輩を大魔神と知らぬまま戦闘に移行したお嬢さんに厳しく当たることもまた、吾輩の好むところではない』


 大魔神であるギボールが何を言わんとしているのか、十二もマテリアリストもわかっていた。

 色々と言っているが、マテリアリストへ容赦をするつもりはない。


『だから警告をし、選択肢を与えた。お嬢さんは既に決断を済ませている』

『ぐ、ぐ、ぐあああああああああ!』

『ゆえに吾輩は、峻厳たるを示すとしよう』

『くそおおおおおおお!』


 おそらくは、マテリアリストの最終奥義、全身全霊の乾坤一擲。

 彼女自身が見えなくなるほどの、山のような巨大質量を持つ金属を生産した。その中へ没入し、もろともに突っ込んでくる。


 ギボールが現れるまでの余裕も納得だった。

 これが彼女の本気なら、先程までは本当に遊んでいただけなのだろう。


 だが死力を絞り尽くす気になったということは、逆に言ってそこまでしても勝てる気がしないということであった。


 その直観は、極めて正しかった。現実は、とてもきびしい。


『良い一撃だ!』


 ギボールは拳を握りしめて、思いっきり金属塊を殴った。

 質量差は歴然としていたが、彼女の拳は粘性が高いはずの金属に亀裂を生じさせ、粉みじんに粉砕していく。


『きゃあああああ!』


 もっとも守りが堅いであろう中央にいたマテリアリストもその衝撃から逃れることはできず、無様に吹き飛び落下した。


「インフレがヤバい……」


 二体のリモートメイルに守られている十二は、今も茨でつながっている自分の従者(?)となったギボールの実力に震撼している。

 もはや脅威は去ったはずだが、そのことに気付く余裕すらない。


『お嬢さんは実に強い。流石にタブーほどではないが、それでも相当の実力者だ。君の所属するクリファ教団や、他の騎士たちの格もわかるというもの。しかし……』


 完全に無力化されているマテリアリストに対して、ギボールは一切の譲歩をしなかった。


『吾輩や主と戦うことを選んだお嬢さんを生かすことは、峻厳の名にかけてできないことだ。さあ……なにか言い残すことはあるかな?』


 恐るべき大魔神に対し、マテリアリストは一切つけ入る隙を見出せない。

 このまま自分は死ぬのだろうと、彼女は悟りの境地に達していた。

 

 だからこそ、この世界に爪痕を残そうとする。


『ギボールの主……ハングドマン(じゅうじ)、だったっけ?』

「え?」

『最初は何のことかと思ったけど、名は体を表すわね。今の貴方は、確かに吊られた男だわ』


 二体のリモートメイルと鉄の鎖でつながり、大魔神ギボールと茨でつながっている。

 彼が多大な力を支配下に置いている証明なのだが、傍目には拘束されているようにしか見えない。


『大魔神ギボール……強いでしょ? コイツさえ下した大魔法使いの遺産を、アンタは独り占めにした』


 ギボールは隠すことなく最初から明かしていたが、彼女は既に大魔法使いタブーに討ち取られている。

 彼女が強ければ強いほど、それを倒したタブーの実力はすさまじいということになる。

 その遺産の価値がどれほどか、今になってようやく理解できてしまった。


『わかる? だれもがアンタを狙うわ。アンタの持つすべてを手に入れて、アンタの座を手に入れようとする! アンタがそうしたようにね!』


 物質主義者の呪詛は、あまりにも濃厚で、確度の高い未来予測だった。


『アンタはこれから一生! それに怯え続ける! そして大魔法使いタブー自身がそうしたように! こんな! 誰もいないだだっ広い海のど真ん中で引き篭もって! くだらない人生を送るのよ! たった一人でね!』


 今更、タブーの死体を思い出した。

 ギボールを倒した大魔法使いの死体は、屋敷の中で放置されていた。

 だれにも弔われることなく、白骨死体になっていたのだ。


『キャハハハ! ざまあみろ!』


 もてる限りの呪いをぶちまけたマテリアリストの頭に、ギボールのかかとが落ちてくる。

 無様に潰された彼女だったが、その顔は満足により影もなく笑っていた。


「俺は……そんなの、嫌だ……」


 ただ死にたくなかっただけの少年は、誰もが羨む資産を勝ち取ったのだ。

 にもかかわらず、彼の顔は曇っていた。

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