リアル脱出ゲーム 4
長く眠っていた十二は、屋内菜園の中で目を覚ました。
しばらくの間、自分がどこにいて、なぜこうなっているのか、まったく思い出せなかったほどだ。
だが近くに浮かんでいた人魂、ギボールの説明を聞いて思い出した。
『やあ、ずいぶんと長く眠っていたね。食べさせておいてなんだけど、死んでしまったのかと思ったよ』
「いえ……体調はめちゃくちゃいいです。人生で一番かもしれません」
『そうか、それは良かった』
長く寝ていたことに、十二はまったく違和感を覚えなかった。
いくら回復したとはいえ、餓死寸前だったのである。
精神的にも肉体的にも追い込まれていたのだから、長く寝ていてもおかしくはなかった。
「う、うわああ……学生服が、よれよれになってる! 植物の汁でべたべただ……こりゃもうダメだな、母さんや父さんに叱られる……結構高いのに」
『なあに、死んでなきゃ安いさ。それより次の行動に移ろうか』
「……一気に軽くなりましたね」
『ここから先は、君流にいうところのイージーモードだからね。それこそゲームが違うよ』
「そう言ってもらえると、安心できますね」
本当にワンミスで死ぬ状況だったが、余裕が出てきた。
ふと隣を見れば、今まで自分を守ってくれていたイモータル・リッパーもいる。
今も荘厳な姿で、直立不動の姿勢を保っていた。
だがそれを維持している己に、まったく負担はなかった。MPが増大した証拠である。
「本当に……ようやくゲームが始まった感じです。俺ヌルゲーが好きなんで、こういうスニーキングミッションの緊張感がマジでダメで……」
『まあゲームじゃないけどね』
「そうっすね……で、次は何をするんです?」
『君の当座の目標は、この屋敷から脱出することだろう? そのためには外にある防衛装置を突破し、絶海の孤島から別の島に渡らなければならない。そうなると、今の装備では些か心許ないな。君のイメージするRTAとかTASとかなら突破できなくはないけども、セーブもリセットボタンもない状況で試みることでもないだろう』
「リアルで痛い目みるなら、セーブやリセットができても勘弁ですけどね。……追加で武器をゲットしましょう」
『そういうことだ、保管庫に向かおう。そこにはたくさんのマジックアイテムがあるはずだ』
十二はギボールに先導されるままに、屋内菜園を出た。
改めて廊下に出ると、以前よりだいぶ落ち着いて観察できる。
「うわあ……すげえボロボロだなあ……」
当初は絶体絶命の死地という認識だが、今はもうお化け屋敷程度の認識である。
「よく考えたら、最初のロボットも階段壊してたし……足元、崩れませんかね?」
『ありえなくはないから、ゆっくり歩いたほうがいいかもね』
「結局、ゆっくり歩くのか……」
敵に狙われることとは別種の恐怖と戦いながら、十二は廊下をおっかなびっくり進む。
進行方向に灯が点き、近づいてきた。
「……!」
眠る前に遭遇した、燭台の行列だった。
コミカルに動きながら、十二の方向に向かってくる。
「は、ははは……なんだ、可愛いもんじゃないっすか。ねえ?」
『いやあ、アレはそんなに可愛くないと思うよ』
余裕ができたからか、隠れようともせずに笑う十二。
ギボールはそれを咎めることこそないが、可愛らしいとは評さなかった。
そして実際に、それは豹変する。
コミカルな動きをしていた燭台は、一気にホラーのような姿になった。
ロウソクが人面を形成し、火はバーナーのように燃え上がる。
燭台そのものは蛇のように躍動し、十二へ襲い掛かってきた。
「ひいいいい!?」
イージーモードではあるが、敵が『敵』であることに変化はない。
最初に襲われたゴーレムほどではないが、この燭台の列もまた十二にとって脅威だった。
しかしそれを、イモータルリッパーが切り裂く。
延焼を起こさぬよう配慮しながら、暴走している燭台を制圧していた。
閃光のような鎧に切り刻まれた燭台からは『憑き物』が煙のように抜けていく。
それが終わると、燭台もロウソクも、ただの物体の残骸に成り果てていた。
ついさっきまで生物のように躍動していたとは思えないほど、静かな状態である。
「これ、もう動きませんか?」
『ああ、魔力が抜けるのが見えただろう? 少なくとも、しばらくは大丈夫さ』
「魔力……あの、野暮なこと聞いていいですか? 俺はリモートメイルを使ったとき、自分の体から魔力……っていうか、栄養が抜けたんです」
『ああ、それはもうごっそりと抜けたね』
「この燭台を動かしていた魔力は、どこから来たんです?」
ゲームならば、確かに野暮な質問だろう。
しかし現実に存在するのならば、気になって当然だ。
『うむ、いい質問だ。だがその答えは、ここで話しても意味がない。保管庫にいけばわかる……今君が想像した、迂遠な伏線とかではないよ。本当にすぐわかるから、安心してくれ』
「そうですか……それじゃあ……」
十二は少しだけ緊張を取り戻して、ギボールの案内に従い直した。
朽ちた薄暗い廊下を歩き、広い屋敷の端に達する。
そこには分厚くも大きな、両開きの扉があった。その前には槍や盾で武装したゴーレムが立っており、明らかに扉を守っている。
「あそこですね……」
『真面目に守っているねえ。ささ、イモータルリッパー君に働いてもらおうか』
「……」
隣に立つイモータルリッパーを、十二は見つめた。
とても頼もしい、最強の鎧……に見える。
しかし一種芸術的でもあり、ある種の玩具にも見えてしまう。
言いたくはないが、目の前に立ちふさがる武装したゴーレムの方が『実用的』に見えた。
「あの、デモンスレイヤーも呼んでいいですか?」
『あの程度ならイモータルリッパーでも十分だと思うけど、君がそうしたいならそうすればいいと思うよ』
「それじゃあ……開放!」
キャリアーが出現し、その内部から徒手空拳の鎧武者が現れる。
超然とした振る舞いのイモータルリッパーと違い、中に人が入っているかのような動きで腰を落としていた。
心なしか、最初に呼んだときより活動的な印象を受ける。
二体のリモートメイルは横並びになってゆっくりと前進し、扉を守るゴーレムと対峙する。
扉を守っていた二体のゴーレムは、接近する脅威に反応して動き始めた。
「……!」
鉄の鎖でつながっている十二は、二体の視界がなんとなく見えていた。
それぞれがゴーレムと向き合い、その巨体を見上げている。
手にした槍でつき込んでくる……恐るべき光景に、背筋が凍っていた。
さながらVRのような、二重三重に光景が映る状況。
少し頭が痛くなるが、それも一瞬の出来事だった。
繰り出される二本の槍を、イモータルリッパーは切り裂き、デモンスレイヤーは殴り砕いていた。
ゴーレムの持っていた槍も、人間が使うとは思えない太さの、柄も含めて金属製の槍だった。
にも拘わらず、リモートメイルの装甲にあっさりと負けていたのである。
「すげえ……装甲の強さが段違いだ……」
さながら、ロボットアニメの第一話。
主人公機の特別さを表す、お約束のような展開。
単純に硬く、強い。
ありふれた展開だが、男の子の心をしっかりととらえていた。
二体のリモートメイルは、そこからも流れるように攻撃を開始する。
腰を落としてしっかりと盾を構えるゴーレムを、それぞれ盾ごと粉砕してのけていた。
まさに瞬殺。一体ずつでも問題なくゴーレムを倒せていたことは、素人目にも明らかだった。
「すげ……」
『この先の保管庫には、同じぐらい強いのがたくさんある……かもよ?』
「テンション上がりますね!」
二体のリモートメイルをそのままにして、十二は焦ったように扉を開けた。
ただでさえおおきく、重く、また経年によって枠が歪んでいた扉を開けることは難しかった。
だがそれでも、体重を使って引っ張ったところ扉は開いていた。
「おおお~~!! お、おお?」
『ううむ、こうなっていたか』
保管庫の中には、多くの鉱物や金属、巨大な羽や骨格などが安置されていた。
それぞれに特別な価値があるのかもしれないが、そのような威厳が一切感じられない。
言ってはなんだが、札束がある、金塊がある、博物館の標本がある、という以上の感想がない。
ふと自分が腰に下げている鍵束を見れば、明らかに『魔力』を感じる。
それと比べて、目の前に保管されているものは余りにも凡庸だった。
『長年の放置によって、すっかり魔力が抜けている。これではガラクタ同然だ』
「こいつらから抜けた魔力が、この屋敷の中にたまっていったってことですか?」
『そういうことだよ……ああ、まったく、もったいない。大魔法使いタブーの遺産、大量の素材が廃棄処分なんてねえ』
保管庫にいけばわかる、というのはその通りだった。
ここに置かれていた『素材』に溜まっていた魔力が経年劣化によって抜けて、屋敷の中にとどまっていたのだ。
だからこそ、燭台などが暴走していたのだろう。
「それじゃあもう、ここにあるのはダメってことですか?」
『そうとも限らない。未加工の素材は駄目になっても、完成品はまだ使えるかもしれないだろう?』
「この鍵やゴーレムと一緒で、ですよね」
未加工の素材は駄目でも、加工済みの完成品ならば可能性がある。
ギボールの導きによって、十二は大きな保管庫の中から使えそうなものを探し始めた。
魔力が残っていない物のなかから、魔力の残っている物を探すので、比較的楽であった。
ほどなくして、使えそうなものを集め終わるに至る。
「こんなもんですかね……」
『ははは! こんなものとは大概だな! 思ったよりもずいぶんといい物が残っていたよ。全部売ったら、国一つ買えるんじゃないかな?』
「そんなにですか!?」
『どれもこれも、君が使ったリモートメイルに劣らない品だよ。これだけあれば、外の防衛装置も突破できるはずだ』
「……逆に言うと、それだけ強いってことですよね?」
『その通りさ。だからこの屋敷も、君が迷い込むまでは誰も足を踏み入れられなかったわけで……!』
強力なマジック・ガジェットを複数用意して、それでようやく突破できるという、大魔法使いタブーの防衛装置。
それが置かれているはずの屋外から、とんでもない轟音が聞こえてきた。
『音が止まない……これは、戦闘が続いているということ? つまり、敵は……』
「ヤバいのが来たってことですか?」