リアル脱出ゲーム 2
ひとまず安全地帯、と呼べる場所にたどり着いた十二。
彼を導いた人魂は、ひとまずだが信頼できるようである。
どんな裏があるのかわからないが、とにかく他に頼る当てはなかった。
十二はただ、人魂と言葉を交わす。
『さて、まずは名前を聞かせてほしいな』
「縁、十二です」
『……ん? あれ、久しぶりの翻訳だから、間違っているのかな? それとも初めての文化圏だからかな?』
人魂は十二の名前を聞いて、少し困惑している様子である。
『ナンバー12なんて、名前と言えるのかあやしいぞ? ちゃんと翻訳できているかい?』
「あ、いや……ええ、まあ、合ってますよ、多分」
低レベルな翻訳ソフトによる翻訳を思い出しながら、十二は相手に翻訳がそこまで間違っていないと説明した。
ようするに人魂は、十二という名前を聞いて、そのまま「12」と聞こえたのだ。
それなら不審に思っても不思議ではない。
『ん~~……アレかな、君は十二番目の子供って、ことかな? それとも十二世、とかそういう意味かい?』
「あ、いえ、そういうのではないんです」
十二はいままで何度も他人に話してきた『なんで十二という名前なのか』を説明する。
※
縁十二は、十二人以上兄弟がいるうちの一人、というわけではない。もちろん由緒ある家系の、十二代目というわけでもない。
どこにでもある家の長男坊である。なんなら『星』という名前の妹もいる。
彼が自分の名前に疑問を持ったのは、小学生の時であった。
『ねえお母さん、なんで僕の名前は十二なの?』
『ああ、ついにそのことを話す時が来たわね』
実母はとても嬉しそうに、紙の束、たくさんのカードを十二の前に並べた。
奇妙な絵柄のカードであり、正直に言って少し怖い印象を受ける。
『これは占いに使うカード、タロットカードというの。私はこれが好きでね、貴方が生まれた時も貴方の人生を占ったわ。そうしたらね……』
怖いカードの中でも、特に怖い模様のカード。
人間が逆さに吊るされているカードを彼女は見せた。
『何度占っても、貴方にはこのカードが出たのよ。この『吊るされた男』……ハングドマンがね』
『何度やっても……?』
『ええ。何度もよ。だから私は、貴方にこのカードにちなんだ名前を付けようと思ったけど……皇帝とか魔術師ならともかく』
(ともかく?)
『さすがに『吊るされた男』とか『刑死者』とかを名前にはできないでしょ? 一字取る、とかもできないし』
『……うん、そうだね』
『だから、せめて……カードの番号を名前にしたの』
タロットカードは全部で21枚あり、それぞれに0から20の番号が振られている。
吊るされた男の番号は、12であった。
『だから貴方は十二なのよ』
(じゃあもしかして妹が星なのは……)
ついでに妹の名前の由来も察するのであった。
※
「とまあ、そんな理由でして……俺としては『力』とか『太陽』とかがよかったっす」
『なかなかけったいな名づけ理由だが……なるほどねえ、何度占っても同じ結果ねえ……それぐらいの運命が無ければ、君がここに来ることもなかったか』
説明に納得した人魂は、逆に自己紹介をし返した。
『それじゃあ吾輩の自己紹介といこうか。吾輩はギボール、大魔神の一角さ』
「大魔神……?」
『今なんか、複数のイメージが浮かんでいたけど……どれも違うからね? とにかく、本来は凄い怪物だと思ってくれたまえ。まあ見ての通り、もう死んでいるんだが』
「そ、そうですね……」
十二は改めて、人魂の下にある『白骨死体』を見た。
軽く見積もっても、死後何十年と経過している、生々しささえなくなった死体。
人魂が死んでいる、というのも納得である。
『ん? あ、ああ……説明が不足していたね。先ほども言ったが、吾輩は怪物だ。君のすぐそばにある『人間の死体』は、吾輩の死体ではない』
「……え? どう見ても、この白骨の幽霊にしか見えないんですが……」
『コイツは大魔法使いタブー。かつて吾輩を殺した男であり、その成れの果てさ』
大魔神ギボールを名乗る人魂は、自分の事情を話し始めた。
『若き日のこいつは、あろうことか大魔神である吾輩に挑んだ。それだけならともかく、なんと打ち倒したのだよ。それも奇跡や偶然ではなく、自分の力でね。まさに大魔法使いの名にふさわしかったよ。そして吾輩が復活しないように肉体を封じ……魂は自分が持ち歩くことにしたのさ』
「は、はあ……では貴方は、死んでも離れられないと」
『そうだね』
白骨死体から離れられない人魂の、その因果関係は理解できた。
そうなると少し、気になることが出てくる。
「あの、もしかして、貴方がこの人を呪い殺したんですか?」
『コイツは普通に老衰で死んだのさ、吾輩以外に看取られることもなく、この誰もいない屋敷でね』
白骨死体の具合から言って、やはりタブーなる男が死んだのは相当昔のようだ。
しかし葬式もされていない様子を見るに、この屋敷には彼以外の人間はいなかったようである。
『晩年のコイツは人間不信に陥ってね、自分でこの屋敷を建てて引き篭もったのさ。君を追いかけてきた『ゴーレム』のような防犯装置を大量に配置し、給仕役すらも魔法でなんとかしてね。何か欲しいものがあったら、専用の部屋に描いた召喚魔法陣で取り寄せていたのさ』
「……あ、あの、まさか」
『勘が良くてなにより。そう、君はその魔法陣の暴走……というか誤作動で、ここに召喚されてしまったのだよ』
さー、っと血の気が引いてきた。
今更のように、何がどうしてこうなっているのか、脳内で情報が整理されてしまった。
なんとも恐ろしいことに、自分は何者かの意思でここに来たわけではない。
本当に事故みたいな理由で、ここに来る羽目になってしまったのだ。
「そんな……帰れないんですか?」
『とりあえず、今はそれどころじゃないと思うよ』
「……そっすね」
ふと後ろを見れば、そこにはゴーレムたちが二体並んでいる。
もちろん停止しているのではなく、待機状態になっているだけだろう。
「……そのなんていうか、ご主人様に攻撃しない安全装置、みたいな?」
『そうそう。こいつらはこいつに攻撃できないよう設定されているからね。だからこの死体から離れたら攻撃してくるよ。そうなれば君はお陀仏、吾輩の仲間入りだ』
「ですよね……」
『だが、幸いなんとかする手段はある。この死体を漁ってごらん、なにかマジックアイテムを持っていたはずだ』
おそらくは屋敷の中を歩いている最中で倒れたのであろう、朽ちかけた服を着たままの白骨死体。
それを探るというのは気分が良くないが、それでも背に腹は代えられなかった。
死者を冒涜したくはなかったが、死者になるよりはマシである。
「鍵束があります」
『ほお、それは運がいい』
「鍵束があれば、こう、どの部屋にも入れるからですか?」
『ああ、いや、そういうのではないんだ。そもそもこの家に『錠』はない。その鍵は、別の使用法があるんだよ』
ギボールの言葉が確かなら、この家には設計段階からタブーなる人物しかいなかった。
それならば室内に錠がある、というのはおかしなことである。
『それはガジェット……それも、素人でも使える物だ』
「ガジェット……」
非常にいまさらだが、ここが『違う世界』だと分からされる。
そして状況の進展を、彼は感じ取っていた。
三本の鍵をまとめている鍵束が『力』であり『武器』だと理解した。
『興奮しているところ悪いけどね、君が期待しているほどのことは起きないから注意してくれ』
「え」
『今君の脳内にイメージが駆け巡ったようだが、そのどれもが的外れだ。君に理解できるように言うが……初めて触るアクションゲームの一面、のような状況だと思ってくれ』
ぞっとする話である。
自分の記憶や感情を読み取られる以上に、自分の状況がそこまで改善していなかったと知って、冷静になってしまった。
「ど、どうすればいいですか?」
『君が今イメージしたように、私の指示通り、チュートリアル通りに動けばひとまずは問題ない。変に上級なことをしようとしないでくれ』
「はい! 言われた通りにします!」
『ではまず……鍵束の中の鍵を前に向けてくれ』
「鍵を……前に?」
鍵とは、錠に刺すものである。
それが扉に着いているものもあれば、錠前として鎖などについているものもあるだろう。
とにかく鍵を使うには、錠が必要なのだ。
暗いエントランスの、何もない空間に出しても意味などないはずだ。
なのだが……。
「ん?」
十二の体に、突如として不調が襲い掛かってきた。
疲れるとかではない。体の中の糖分だとか血糖値だとかが、直接抜かれていくようだった。
「あ……ああ?」
急激な栄養失調により、十二は思わずよろめく。
と同時に、回らなくなった頭で『理解』が出来た。
(これが、MPが減る、って状況か……!)
何かの魔法が発動し、自分の中のMPと呼べるものが失われていく。
自分の持っている武器がどれだけ上等でも、自分が貧弱すぎるのだ。
RPGの最序盤のレベル上げのように、二回三回魔法を使ったら、もうガス欠を起こしてしまう。MPが尽きたら雑魚にも勝てず、すぐに宿屋で回復をしなければならない。そんな状況なのだ。
(コレで、なんとかなるのか?)
ギボールの警告が無ければ、調子に乗って三つの鍵すべてを使っていたかもしれない。
そうしていたら、栄養失調でそのまま死んでいたかもしれない。
そういう意味では、自分は正しい判断をしたのだろう。
だが、正しい判断をしたから勝てる、という状況でもない。
何一つ楽観できない。
ただでさえ暗い空間の中で、薄れる視界。
その中で、光源が出現した。
鍵を向けた先に、光り輝く大きな箱が出現したのである。
箱には『錠』の穴が見えていた。説明を聞くまでもなく、その穴に鍵を入れるのだとわかる。
『ああ、それでいい』
そのイメージを、ギボールは肯定する。
促されるままに、鍵を鍵穴へ差し込んだ。
『呪文は、開放だ』
「開放!」
呪文の詠唱と同時に、鍵がひねられる。
さく裂するように、十二の反対側の面が開かれ、中に納まっていた『物』が前へ出た。
黄金の輝きとともに、出陣したそれは、スマートな印象を受ける鎧武者だった。
西洋のプレートメイルではなく、戦国武将のような和風の甲冑である。
『これこそ大魔法使いが愛用したガジェットの一つ。純白兵型リモートメイル、デモンスレイヤーだ』
出現時から比べれば光量は失っているが、それでもなお神々しい鎧が自立歩行を始めた。
よくよく観察すればその背中からは鉄の鎖が伸びており、十二の持つ鍵とつながっている。
「操作とか、そういうのは……」
『いらないよ。遠隔操作と言っているが、基本的には自動で戦ってくれる』
箱から出現したデモンスレイヤーは、空手のように腰を落として拳を構えた。
対峙するのは、二体のゴーレム。
先ほどまで十二を襲っていた、巨大な怪物である。
デモンスレイヤーも成人男性程度には大きいのだが、ゴーレムは人間離れした、熊のような大きさである。
質量で比べれば、どちらが強いかなど考えるまでもない。
あえて優位点を挙げれば、デモンスレイヤーはまだ安全圏におり、ゴーレムから反撃を受けない状況にいるのだが……。
デモンスレイヤーは、構えを崩さないまま前に出た。
それも目にも止まらぬ速さではなく、ゆっくりとした動きである。
当然、二体のゴーレムは攻撃を行った。
その巨大な腕をそれぞれ振りかぶり、デモンスレイヤーにたたきつける。
巨大質量の振り下ろしは、広いエントランスを揺らすかに見えた。
風圧によって、十二も、死体も吹き飛びそうになる。
唯一動かないものがあった。
デモンスレイヤーである。
ほぼ動いていなかったデモンスレイヤーは、なされるがままに二つの巨大質量を受け止めていた。
しかし砕けたのはゴーレムの腕であり、デモンスレイヤーが立っていた床だった。
鎧には傷一つ着くことなく、勇壮に輝いている。
「すげえ……」
『当然さ。あのゴーレムたちだって、それなりの強さがあるが……あのデモンスレイヤーは格が違う』
片腕が砕かれてなお、ゴーレムたちは攻撃を止めない。
残った腕を振りかぶって、再び振り下ろす。
やはりデモンスレイヤーは動かず、そして残った腕も砕けていた。
『あのデモンスレイヤーの装甲は、超級錬成金属の一つである緋緋色合金で作られている。あのゴーレム如きでは、傷一つ負わせられないさ』
「硬いってのは、わかりました……」
恐れを知らないゴーレムたちは、残った足で攻撃をしようと試みる。
だがデモンスレイヤーはここでようやく動き、一発ずつの正拳でゴーレムの胴体に穴を開けて倒していた。
「おおお……」
『何とか終わったようだね、それじゃあ早く戻すといい。見ての通り、あのリモートメイルは強力だ。省エネ運転でも、維持するだけで疲れるよ』
「そうですね……って、ええ?」
気付けばデモンスレイヤーは、自らの意思で箱に戻っていた。
あとは何をするまでもなく、箱と一緒に消えていった。
『おお、ずいぶんと賢いなあ』
「そうっすね……はあ……」
どっと疲れが来た。
というよりも、疲れを意識したという方が正しいのかもしれない。
ふと自分の腹を触ってみれば、ぜい肉と呼べるものが無くなっていた。
もしかしたら、体形が変わるほどエネルギーを消費したのかもしれない。
「すげえ腹が減りました」
『そうだねえ……それじゃあ次の目標は栄養補給だけど……』
とりあえずの脅威は排除した。
しかし状況はまだ安定していない。
『あるかなあ、食料』
「そうっすね……」
この屋敷に食料があるのかどうか、それがまず問題だった。