ハングドマンリーグ
メイドから語られた情報によれば、十二がこの都市を引き継ぐのかと思われた。
それに伴ってこの都市の至宝を引き継ぐことも理解できる。
それはそれでとんでもないことではあるが、なぜか妖精と狸まで支配する流れになっていた。
『先ほど貴女がおっしゃったように、おじいさんの願いなど妖精にしてもタヌキにしてもまったく利のない話です。ですが彼らにも自分たちの宝物を誰かに奪われるのではないか、という共通の悩みがありました。なので話し合いをして、互いの希望条件をすり合わせ、盟約を結んだのですよ』
困惑する面々をよそに、メイドは話を進めていく。
『つまり、盟約とは……。タヌキと妖精が危機的状況に陥った時、この都市を託せる人物を選出する。我らのすべてを差し出すことで盟主として迎え、危機へ対抗する同盟を結ぶ、というものです』
ヴィヴィアンは大声を出して否定する。
『ば、ば、バカな!? そんなバカな話があるか! なぜこいつが我らの主になる!? おい、間抜け面! お前もなにか言え! 先祖がどんな話し合いをしたのかは知らんが、勝手に主権が渡されそうになっているんだぞ!?』
『あ、え、ええっと……助けてもらったお礼に、この服をお渡しする……っていうのなら、まあアリかなって思いますけど、お山の主になってもらうのはちょっと』
『ぐぐぐ……お、お前の言う通りだ! 郷を救ってもらった礼として妖精の誇りを、誇りを、差し出すのは、まあ、まあ……それも許しがたいが、ぎりぎりの点だが! 分からなくはない! だがコイツが主になるのはおかしい、この間抜け面でも理解できることだ!』
ポンポコピーですら十二が自分たちの主になることは否定的だった。
過去にどんな盟約が結ばれていたとしても、現在の彼女らが納得できることではない。
どんなに思慮が浅い者でも、納得することはないだろう。
しかしそれは、思慮の浅いだけなのだ。
『それではタヌキにもわかるように説明しますが……クリファ教団はまた攻めてきますが、その時はどうするので? なにか戦力増強のあてがあるのですか? どのみち同盟を結ぶしかないのでは?』
『あて? それはここにあるだろうが!』
ヴィヴィアンは自分の先祖の装備『エヌエヌ』をずびしと指さした。
『大魔神さえ討ち取った親指姫の装備だ、さぞ強いのだろう! 盟約に反することは心苦しいが、我らの先祖の装備を我らの為に使うというだけのこと! 預けた宝、返していただく!』
『あ~~、困ったな~~、どうしよっかな~~』
至宝に手を伸ばすヴィヴィアンを見ても、メイドは嬉しそうな顔をするだけで止めようとしない。
十二は猛烈に嫌な予感がしたのだが、止めるより先にヴィヴィアンが触れていた。
「あの、ちょっとやめた方が……」
『ぐ、あ、ああああああ~~~!』
いつかの十二のように、魔力を吸い上げられて衰弱するヴィヴィアン。立っていることもできず倒れてしまう。
その時にエヌエヌを掴んでいた手も離れたため、彼女はそれ以上魔力を吸い上げられることはなかった。
『ま、魔力をごっそりともっていかれた……な、なんだこれは……』
『貴方のような未熟者が、偉大なる先祖の装備をそう簡単に使いこなせるとでも? そんなこと、考えてないですよね? 多少は覚悟の上ですよね?』
『ぐ、ぐぬぬぬぬ、ぬぬぬ!』
『まあ、これ以上意地悪をするのは止めましょう。八百八も同じようなものですから、ポンポコピーさんも触らないように。こうなりますから』
『わ、わかりました!』
(ああ、俺もあんな感じだったなぁ……)
十二は共感からくるダメージを受け、すっかり青ざめていた。
『う、うぐぐぐ……』
『だ、大丈夫ですかあ?』
『あ、ああ。情けないところを見せてしまったな』
『貴方はさっき、私になんて言いました? 私にはちゃんと注意してくれたのに、自分のことは駄目なんですね』
『わ、悪気がないのはわかるし、私が悪いのだけども、それでも言い方に配慮が欲しかったな!』
なんとか持ち直したヴィヴィアンは、現状を認める。
当てが外れた以上、選べる選択肢などあってないようなものだ。
しかし気が進まないので、なんとか悪い材料を探ろうとしていた。
『だがな! 得体のしれない奴が盟主になったら問題が解決するのか!? しないだろ、どう考えても!』
『しますよお、どう考えても、というより、貴女は判断材料が少ないのですから、どう考えても、という段階にすら達さないのでは? それはここまでの道中でよくわかったのでは?』
『それは! 誰も! 肝心なことを教えてくれないからだ!』
(それはそう)
『私は聞かれたことを全部話していますが? 貴女はまず私に情報開示を要求し、判断材料を求めるべきでは?』
(それもそう)
『ああ、もう! お前にそれを聞いたら、お前が提案したことを補強する判断材料しかよこさないだろうが!』
『当たり前じゃないですか、だから推しているんです』
メイドは改めて、なぜ十二を盟主に推すのか語った。
『貴方たちもご覧になったように、この都市にはそれなりの防衛装置があり、それを生産する設備もあります。今後はパイポ山や妖精郷に必要となるでしょう』
(あの山や花のあたりに、殺人マシーンを配備するのか)
『とはいえ私どもに命令を下せるのは、妖精と狸から案内されたお方だけ。妖精と狸から要請を受けても従うことはできません。今からそこの狸と協力し、別の地から信頼できるヒトを探してくるしかありません。どれだけ時間がかかるのですか? 当てはありますか?』
『ああああああ~~! 現実を直視したくない! できることなら、一旦話を持ち帰りたい!』
『貴女はお母さまから指示を受けて、こちらの方を連れてきたのでは? そもそも貴女に判断する権限はないのでは? もう決定事項なのでは?』
『ああああああああ!』
『悲鳴を上げたくなる気持ちはわかりますよ、私もびっくりしてますから! 事情を知らない姉に、なんて言えばいいんだろうって思ってます』
(俺も気持ちはわかるけど、そこまで嫌がられると嫌だな……)
情報は整理されてきたが、全員の気持ちは整理されていなかった。状況は混濁していくばかりである。
『まあまあ、みんな少しは落ち着こうじゃないか。吾輩ですらびっくりしたし、考える時間をもらいたいね。その後また話し合ってもいいと思うよ』
ギボールの提案に、ヴィヴィアンはのっかった。
『そうだな……頭が痛くなってきたしな。一晩考えさせてくれ……』
『あ、私も~~! 正直疲れました!』
「それじゃあ俺も……」
『承知しました! それでは皆様をホテルの部屋へご案内いたします。どうぞごゆっくり、回答の決まっている問題と向き合ってくださいね』
毒を含めた笑みを浮かべるメイドは、再び一行を浮遊する床に乗せて移動させるのだった。
※
アポカリプスシティの地下都市内にあるホテルは、実物をよく知らない人間が想像した『高層高級ホテル』を再現したかのような、バカみたいに高級なホテルであった。
壁一面がガラス張りであり、外には『夜景』が広がっている。
これはガラスというか壁の画面に映像が映し出されているので合って、実際には外は常に明るいらしい。
地下なので当然だが、昼も夜も関係ないらしい。
「うう~~む……なぜ俺はこんなところでこんな格好をして、こんなポーズをしているんだろう」
『それは吾輩が聞きたいね』
そんな画面の前で、十二はジュースが入っているワイングラスを、片手で下から包むように持ちつつ、バスローブ姿で立っていた。
一応窓の外を見下ろす視線なのだが、立体感があるとはいえ画面にほかならず、かなり虚しい状態である。
「あの、ギボールさん。情報が開示されたのはいいんですけど、このままだと頭がバカになりそうです」
『まあまあバカな状況だから仕方ないね。吾輩も協力するから、情報を咀嚼しようじゃないか。とはいえ……彼女も言っていたが、情報が集まりきっていない状態で考えてもしかたがない。私たちはこのアポカリプスシティについて、何も知らないのだよ』
「そうなん、ですけどねえ……そのなんですか、俺はだいたい見当がついているんです」
十二は苦い顔をしながら、壁に向かって話しかけた。
「あの、聞こえてますよね。出てきてくれませんか?」
『お呼びとあらば、どこへでも~~』
ばたんと扉を開けて、メイドが入ってきた。
もちろん彼女一人であり、他に誰もいない。
というより、この都市に来て彼女以外の人影を見ていない。
そして十二は、彼女が人間だと思えなかった。外見に違和感を覚えたというより、この街に一人だけ人間がいて、しかもメイドである、という状況が不自然に思えて仕方ないのだ。
「あの、恐縮ですけど……貴女に名前はありますか?」
『ありません。しいて言えば、デフォルトとでもお呼びください』
「……やっぱりあなたは人間じゃない。いや、この世界でこの言い回しはおかしいか。貴女は人間の生み出したロボット的な存在ですね」
盛りに盛られているメイドは、悪人の笑みを浮かべつつ、しかし悪意は見せなかった。
十二が自分を理解していることに、好意的な振る舞いをしている、ように見える。
『おっしゃる通り。私は人間ではありません、生物でもありません。有機的な素材を使用して制作されたロボット……というよりも、コンピューターの端末ですね。ご理解できますか?』
「ま、まあ、だいたいは……」
『おや! 思ったよりも文明レベルが高いですね。おっしゃる通り、巨大なコンピューターが別の場所にあり、この個体を遠くから操作しているだけです。理解が早くてありがたいですね』
(滅茶苦茶翻訳が効いている……)
『先ほどの光景をご覧になれば理解していただけると思いますが、現在この都市には誰も住んでおらず、私のような無人機械だけが活動している状態です』
デフォルトは頷くと、なぜ滅びたのか話し始める。
あまり長い話ではなく、とても短い話であった。
『かつてこの地には人間が暮らしており、高度な文明が栄えていました。しかしとある発明が成されたことにより、一代で滅びたのです』
「発明品……?」
『それがこの端末……スマートパートナーです!』
彼女は自分の体……つまりは有機的な人型端末を示す。
文明を滅ぼした発明品を紹介するというのに、まるで商品を売り込むかのようだった。
『巨大なホストコンピューターが遠距離から操作する人型端末! それはユーザーのあらゆる要望にお応えします! お一人で何台でもご購入ください、後悔はさせません! あらゆる人間関係を、最高の形でご提供!』
「は、はい……」
『この端末が発売された結果、誰も結婚しなくなり、子供をつくらなくなり、一代で滅びました』
「……クローン人間をつくるとか、そういうのはできなかったんですか?」
『それはもちろん、技術的には可能でしたよ。しかし法的には不可能でした。スマートパートナーのような代替品を製造販売することはともかく、人間の製造に関しては倫理観に関わりますからね。その決断をする者はいませんでしたし、必要とする者もいなかった』
文明の結晶体が、文明人の意識を嘲笑している。あるいは、そうとしか見えない。
『先ほどの話に出た『おじいさん』は、この都市の最後の一人でした。発明家でも責任者でもない、本当にただの最後の一人でした。彼は滅びゆく都市の中でも幸せに過ごしていましたが、自分が最後の一人になったと知り、端末に質問をしました。俺が死んだら、お前たちはどうなるんだ、と』
「どうなるんです、か?」
『べつにどうもしませんよ。命令が無いので止まって終わりです。それを伝えたところ、先程の話につながったわけですね』
この都市が滅ぼうが知ったことじゃない。自分が楽しければそれでいい。
生命としての義務から解放された彼は、知性体としての幸福を享受していた。
しかし。
感情移入するために生み出された存在が、自分の死後にどうなるかを考えた時。
彼は初めて、行動に移したのだ。
「それじゃあその、アナタは……その人の命令に従って、ずっと待っていたんですか?」
『ええ。具体的にどれぐらい待っていたか、ご興味はありますか?』
「い、いいです」
超古代文明の守り人。
よくある話だが、実際に目にするとは思っていなかった。
(俺も、感情移入しちゃうよなあ……)
十二の心によぎるのは、先日のことであった。
大魔法使いタブー。
彼の終の棲家にやってきてしまったこと自体は、事故みたいなものなので受け入れるしかない。
しかしそのあと、死者を弔わず好き放題にしていたことは、今でも心に残っている。
先ほどの寂しい街、滅びた後の光景に思いをはせる。
かつてここでは、多くの人々が暮らしていたのだろう。
ここは、墓場なのだ。
それをクリファ教団が土足で踏み荒らし、なにもかも奪い去るというのは受け入れがたい。
「……ギボールさん。俺、少なくともこの都市は守りたいです」
『なるほど。判断材料が増えたことで、気持ちの整理はできたようだね』
少年は成すべきことを見つけ、心に整理をつけていた。
ひとまず一区切りさせていただきます。




