謎は明かされる
クリファ教団を撃退した後、一行は一息入れていた。
ティタニアの言っていた通り、この場の面々だけで大体何とかなっていた。
まあ、物質主義者以外の十騎士が召喚されていた場合は、その限りではないのだが。
『疑心暗鬼を自己申告していた身ではあるが、母上は正しかった。我らだけでも勝てたな』
『お母さんの言うことを聞きなさいと、死んだお母さんも言ってました!』
『お、おう……そういえば貴殿は両親を失っていたのだな。うむ。いろいろと無思慮なことをいってすまない。さて……』
改めて、目の前にある巨大建造物と対峙する。
ティタニアはここに来れば全部わかると言って、なんの説明もしてくれなかった。
ちょっと不親切な気もするが、おそらく本当なのだろう。
「多分建物だし、中に入るドアとかがあると思うんですけど……」
『君が今イメージしたように、なにがしかのギミックがあるんだろうね。でもそれはきっと……』
『あ、ありました! ありましたよ、入り口が! 入りましょうよ!』
ポンポコピーが見つけた入り口は、まさに入り口としか言い表せなかった。
なぜかと言えば、扉がないのである。
内部へ入るための通路の入り口、という雰囲気であった。
大きさは巨人も通れるほどだが、その程度。極端に大きいというわけではない。
むしろ、この規模の建物の通路という意味では小さめにも思えた。正面入り口ではなく裏口なのかもしれない。
『ちょっとまて! 落ち着け! 何か罠があるかもしれんぞ!? お前も止めろ!』
「あ、はい……ちょっと待って……軽いけど力は強いな!?」
『え、なんで入っちゃダメなんですか?』
『あのクリファ教団は、ここまで来たのに立ち往生していたのだろう? このまますんなり入れるとは思わないじゃないか』
『やってみましょう! そうすればわかります!』
ヴィヴィアンや十二に抑えられていたポンポコピーは、するりと抜け出した。
無駄に凄いことをしながら、彼女は入り口に入っていく。
ピー、という音がした。
『ん? ぎゃああああ!』
通路の内側から、ビームが発射されたのだ。
ポンポコピーの尻尾に着弾し、その体毛を焦がしている。
この程度で済んでよかったと思うべきか、もっと痛い目に遭うべきだったというか。
ポンポコピーは飛び跳ねながら戻ってくる。
『あつあつあつあつ~~!』
『無策で突っ込むからだ、馬鹿め! もっとよく観察しろ!』
(前もそうだけど、状況が古風でコミカルだな……)
『ヴィヴィアンちゃんの言う通りだね。奥を見てごらん、まず扉が閉まっているよ。このまま無理に突っ込んでも、扉が開いていないから中に入れない』
この町の文化的な理由なのか、通路の奥にドアがあった。
仮にこの通路を力づくで突破するには、光線に耐えながら通路の奥に進み、どれだけ頑丈かもわからないドアを破らなければならないのだ。
そしてドアを無理矢理破ればどうなるか、やはり考えたくもないことである。
『さて十二君、君の好きなゲームなら、こういうときどうする?』
「そりゃあ……町の中を歩いて、鍵とかを探します」
『うんうん、それは正しい。実際、ないとも言い切れない。だがここにいたクリファ教団はどうしていた?』
「そりゃあ……タヌキと妖精を……あ!」
『その通り。彼女たち二人が何とかできるギミックであるはずだ。ちょっと観察してみよう』
『おい、なにか手形のようなものがあるぞ!?』
『……ヴィヴィアンちゃん、ちょっと空気を読んでほしかったなあ』
冒険を盛り上げようとしていたギボールの気勢を削いだのは、率先して入口周りを確認していたヴィヴィアンだった。
彼女の目の前には、確かに手形がある。
意味深な配置であったため、ヴィヴィアンは怪しいと思ったようだが……。
「掌紋認証!?」
『うぐ……相手の手の形を鍵にして開く扉か……もっと長い言葉で話せ!』
『なるほど! ここの家の人に変身して手形を押せば、扉が開くというわけですね! ならばここは私にお任せを! ヤブラコウジノブラコウジ!』
どろんと煙が立ち、ポンポコピーはSF的な衣装に着替えていた。
相変わらず低クオリティで、どう見ても機械の認証をごまかせるように見えない。
しかし……。
『とお!』
【照会中……OK! ドアー、アンロック!】
『おおおお、開いたぁ!』
それでも、通路奥の扉は音を立てて開いていた。
(もしかして化け狸って、とんでもなく危険なのでは……)
デジタルな生体認証を突破する能力の持ち主と考えれば、地球の現代社会ではいくらでも悪事ができそうであった。
『それじゃあ行きましょ……ぎゃああああ! カチカチカチカチ!』
『な……扉は開いたのに、防御が解除されていないだと!?』
【セキュリティの解除に必要です。パスワードを入力してください】
「二重の鍵が必要なら一気に解除しろよ! なんで一個ずつ解除されているんだよ!」
まだセキュリティの解除ができていないというアナウンスまで聞こえてくる。
このままあっさり突破かと思いきや、さすがにそこまで甘くなかった。
タヌキはこの近所に住んでいるので、その対策をあらかじめしていただけかもしれない。
「パスワードって……今から探すの!?」
『まあまあ、落ち着いて。ここはヴィヴィアン君にお願いしようじゃないか』
「あ、そ、そうですね……ヴィヴィアンさん、セキュリティを不発状態にしてくれませんか?」
『む……それもそうだな、やってみるか』
入り口から内部に向かって、スリングショットを発射する。
本人にとっても意外なことに、先程と違って魔法陣が弾かれることはなかった。
『よし、これでもう入れるはずだ』
『もうちょっと早くしていれば、私が二度も焼かれることはなかったのではないでしょうか!?』
『私は待てと言ったがお前は待たなかった』
(話が微妙にかみ合っていない……翻訳の関係か)
『しかし、思ったよりも制御が弱かったな……』
「制御が弱い? ウイルス対策が弱いとか?」
『そういうのではない。スイッチが軽いという話だ』
「?」
翻訳されているにもかかわらず、十二は首を傾げていた。
ギボールが丁寧に解説を始める。
『発動が簡単な術ほど簡単にのっとれる、と言えば分かるかな? 指を鳴らしただけで発動する術とか、引き金を引いたら発射できる銃とかは簡単に操れるんだよ。でも七人の乙女を生贄に捧げなければ発動できない封印とか、発動までに何段階も動作が必要な必殺技とかは乗っ取れないんだ』
「は~~……(よくわかってない)」
『カードゲーム風に言うと『このカードが場にある限り、リスク、コスト、デメリットのない効果は発動できない』とかだね』
「あ~~……(だいたいわかった)」
『お前はなぜ、この説明で納得できるんだ……』
ヴィヴィアンが先行し、十二がそれに続く。
二度も焼かれているポンポコピーは、ようやく懲りたのかおっかなびっくり最後尾であった。
『も、もう大丈夫なんですよね?』
『そういうことだ、扉が閉まらないうちにとっとと行くぞ』
『いや~~! ようやく入れるね!』
「もしかしてギボールさん、中に入りたかったんですか?」
『そりゃあね! とっとと入ろうぜって思ってたさ! 吾輩だって事情を知りたかったし! でも答えをずっと言っていたら、それはそれでどうかと思うじゃないか!』
(けっこう面倒くさいな、この人……)
『勘違いしないでくれ、十二君。吾輩はね、冒険が好きなんじゃない……冒険している人を見るのが好きなんだよ!』
(やっぱり面倒くさいな……)
通路の奥のドア。その先には照明があった。
たいまつとは違う電気の光、それも白熱電球や蛍光灯ではない、LEDのような照明。
自然界にない光の向こうには……。
『な、なんだ!?』
『ふぎゃああああああああ!』
「おわあああああああああ!」
こんにちは死ね。
SF洋画で見かける、手も頭も胴体もない、実用性の高い多脚ロボットの群れ。
それぞれが砲台を持っており、容赦なく十二たちに向けていた。
相手がその気になれば、一秒後には蜂の巣かミンチになるだろう。
圧倒的な異形と威圧感に、三人は身動きが取れなくなっていた。
『おお、これはこれは。盟約の担い手がいらっしゃるとは……ついにこの時が来たのですね』
「!?」
多脚ロボットたちは金属音と共に移動し、道を開いていた。
奥から歩いてくるのは、盛られまくったメイドであった。
背も高いし、女性的な部位が不自然なほど盛られている。その上顔は整っていた。
対象年齢が高いブラウザゲームのキャラクターが三次元化したかのような存在であった。
『パイポ山の化け狸』
『は、はい!』
『妖精郷の妖精』
『む……』
『そして……生命の果実を食べたお方』
「な、なんでわかったんですか!?」
『ふふふ……見ればわかりますよ』
女性にしては背が高い、という姿のメイド。
彼女は高慢に見える笑みを浮かべながら、三人を先導し始める。
多脚ロボットたちはやがて陣形を組み直し、再び閉ざされたドアの前で待機していた。
『それでは皆様。盟約を正式に締結するため、アポカリプスシティの中央へ向かいましょう。ご案内させていただきます』
巨大な半球のピラミッド。
その内部は、拍子抜けするほど普通だった。
本当の本当に、球の内側と整った床しかない。
野球場やサッカー場ですら、もう少し物を置いているだろうに。
殺人マシーンを設置している割に、中には何もないのだ。
しかし床の一部が、ガイドのように光る。
淡く光った部分が通路、横断歩道のように道を示し、中央部が目的地であるかのように円形に光ったのだ。
そこに行くべきなのだと、十二以外の者たちも理解する。
なんとも殺風景な内部に驚いていたヴィヴィアンだが、メイドが先導に続くことで正気に返る。
『お、おい、待て! いや、待たなくてもいいが、説明をしろ。お前が外の状況を把握しているかはわからないが、私たちは何も知らないんだ!』
『なんと。そうなのですか? 情報の共有もされないままここに来て、何の裏付けもないまま初めて遭遇した者に説明を求めるのですか? それを信じるつもりなのですか?』
『ぐ……そ、そうだ! ここに来ればわかるとしか聞いていない! なので説明を求める! まず、何よりも先にな!』
『承知しました、妖精さん。それでは……』
メイドは、これでもかといやらしい笑みを浮かべていた。
『タヌキでもわかるように、簡単な説明をさせていただきます。貴方たちの中にタヌキがいるのですから、当然の配慮だと思ってくださいね?』
『わあ、親切な人ですね! 助かります!』
『う、うぐ……お前の発言からは軽蔑的な感触を覚えたことを自己申告しておくぞ』
(性格が悪い盛り盛りメイド……くそっ! 刺さる!)
『十二君、ちゃんと説明を聞きなさい』
殺人マシーンを残して、一行は円形に光る床に乗る。
その光っていた部分だけが、切り抜かれたかのように沈み始めた。
「おお……」
『むかしむかし、あるところに。おじいさんがすんでおりました』
感心している者たちをよそに、メイドは説明を始める。
その言葉は、慇懃無礼なほど丁寧で、わかりやすい発音だった。
『おじいさんはなんでももっていました。たくさんのおかね、たくさんのたからもの、おおきなおやしき』
『おじいさんはしあわせでした、ですがかぞくがいませんでした。だれにもわたすことができないのです』
『できることなら、とてもしんせつなひとにゆずりたいとおもっていました。ですが、いまからさがすことはできません』
『もしもわるいひとにうばわれて、わるいひとにうられてしまったらとおもうとよるもねられません』
『そこでおじいさんは、ちかくでくらしているタヌキさんとヨウセイさんに、おねがいをしました』
『タヌキさん、ヨウセイさん。わしはしんせつなひとにたからものをゆずりたいとおもっておる』
『もしもふたりのもとにしんせつなひとがきたら、わしのおはかにつれてきてくれないか? そのひとにたからものをわたしてほしいのじゃ』
『それをきいたふたりはかおをみあわせていいました。もちろんいいよと』
沈んでゆく床の上で、ゆっくりと語るメイド。
タヌキでもわかるように話していたのは事実で、ポンポコピーは納得していたのだが……。
ヴィヴィアンは怒りだしていた。
『おい、キサマ……今の話は本当か?』
『おや、何でしょうか。もちろん本当ですよ? 貴方たちは実際にこの場所について聞いていて、もはや正規ルートとなったセキュリティホールを通ってたどり着くこともできたでしょう?』
『では! 私たちは! 名も知れぬ老人の宝を狙う不届きものに、利用されそうになったということか!』
『まあ、だいたいそうですね』
『そんなことのために、私たちは傷ついたのか! クソ!』
傷ついていた仲間を想って、ヴィヴィアンは悔しそうにする。
目の前の相手が悪いわけではないと知っているが、それでも無念でならない。
『ぷすすす。なんで落ち込んでいるのですか? 話はまだ終わっていませんよ』
メイドは相変わらず、とんでもなくバカにしてきていた。
『タヌキさんとヨウセイさんは、そのかわり……とおねがいをしました』
『わたしたちもたからをもっているんだけど、どろぼうがこわくてしかたない。なのであなたのおはかに、わたしたちのたからものもいっしょにしまってほしい』
『こうしておじいさんのおはかには、たくさんのたからものがしまわれました』
『タヌキさんやヨウセイさんは、いつかくるしんせつなひとがくるのをまっているのです』
『ちゃんちゃん』
ここまで言い切ると、メイドはヴィヴィアンに近づいていった。
浮遊しているヴィヴィアンを見下ろせるほど背が高いメイドは、視線を合わせようとしないままヴィヴィアンを詰めていく。
『どうです、最後まで聞いた感想は? これではやとちりだとわかりましたか? 説明書や契約書は最後まで読んだ方がいいですよ? 恥をかくだけですからね、ね?』
『ぐぬぬぬぬ……』
(あ、マジで性格悪い……とぅんく、ってしちゃう)
『なんで君はときめくんだい』
話し終えたところで、一行は広い空間に出た。
どうやら彼らの乗っていた床は浮遊しているらしく、下に支えのようなものはない。
アポカリプスシティの本部、地下のドームをゆっくり降下し始めた。
地下にあったものは、ホテル付のテーマパーク……と言っていいかもしれない。
いくつものアトラクションが無人で動き続け、機械仕掛けのパレードが観客不在のまま行進している。
海のようにデザインされた巨大な屋内プールが波をたてており、乗る者のないゴンドラが時間通りに運航している。
活きた廃墟、誰も生活していない生活空間、消費者のいないサービス施設。
ディストピア、ユートピアの最果てであった。
誰もいない夜の学校を極端にしたような、不気味すぎる空間だった。
降りていくことが不安に思えるほどに。
『では、大変気になっているようですし……まずこの都市に保管されている、三つの至宝をご紹介しましょう』
『あ、私の先祖様が預けたお宝ですね?』
『む……我が妖精族の宝か。命を賭けるに足る物であればよいが……』
ゆっくりと降下していた床は、地下都市の床に到達してもなお降下を続ける。
地下の地下、最奥へと向かっていく。
心なしか雰囲気が変わり、圧迫感を覚えていった。
ギボールでさえも興奮で落ち着かなくなり、十二も心臓が強く動くことを感じていた。
『ふふふ、皆さん盛り上がっている様子。それでは演出にも気を使いましょうか』
淡く光っていた浮遊足場の光量がゆっくりと下がっていく。
常夜灯程度で止まったところで、再び広い空間に出た。
『これこそはアポカリプスシティにある最高の宝! そしてそれに勝るとも劣らぬ、化け狸と妖精の至宝!』
『……まさか?』
『そう、そのまさか!』
ギボールは何かを察し、メイドはそれを肯定した。
それまで暗かった空間でライトアップされるのは、三着の『衣装』である。
『第三の大魔神エロイムヒムを討伐した、コギトー・エルゴスムの装備『アイアンコマンダー』!』
いくつかのデバイスを腰に下げている、SF色のあふれるパワードスーツ。
重厚な光沢をもつ機械の鎧が、沈黙と威圧を同時に放っていた。
『第八の大魔神ツーパオトを討伐した、隠神刑部の装備『八百八』!』
巨大な木槌を傍に置く、黒子のような斥候服。
何百年もの歴史を感じさせる一方で、くたびれていない若々しさを保っていた。
『第十の大魔神メレクーを討伐した、親指姫の装備『エヌエヌ』!』
両腰に一丁ずつ銃を下げた、異様な雰囲気を持つ学生服。
服自体に汚れなどはないのだが、視認できるほどの大量の血の残り香を宿している。
『しめて三着! 大魔神を討伐した者たちの戦装束! 盟約を結んだ三種族の偉業の証でございます!』
誇らしげに紹介したメイドの思惑通り、荘厳なる至宝を目の当たりにした三人は腰を抜かしていた。
いまでこそ滅ぶか、あるいは衰退し自衛すらままならぬ種族であるが、過去に大魔神さえも討ち取っていた。
失われてはならない種族の至宝がそこにあった。
『すっごい……超すっごい』
『そうか、私たちはこれを守るために戦ったのか……』
「だ、大魔神を討ち取った人の装備って……ギボールさん!?」
『ああ、おそらく本当だろう。吾輩を討ち取った大魔法使いタブーに並ぶ、偉業を成した者たちの武装だ』
『驚いていただけて何より。それではこれより『最後の命令』に従い……』
メイドは実に悪意ある表情で、十二に最敬礼をとった。
『これより貴殿に三つの武装の所有権を正式に譲渡し……我ら三勢力の盟主として迎えさせていただきます』
三人が先ほど以上に驚いたことは、言うまでもない。




