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不謹慎

 妖精郷からアポカリプスシティへの道のりは、案内が不要なほどわかりやすかった。

 少し歩いた先に、舗装された道路があったのだ。その道をまっすぐ進めば、そのままアポカリプスシティであるという。


 それでもヴィヴィアンは先導すると言って聞かず、十二やポンポコピーの前を飛んでいた。

 ポンポコピーは彼女のすぐ後ろを歩いているが、十字は道の端、歩道があるであろう場所を歩いている。

 特に問題があるわけではないが、ヴィヴィアンは苛立っていた。


『お前はなぜわざわざ端を歩くのだ、もっと近くを歩け』

「なんかこう……ここまで舗装されていると、車が通りそうで」

『ぐ……情報量が多い! 自己申告するが、お前の話は頭が痛くなるな。そしてここは、獣も通らない安全地帯。大きなものが通ることなどありえない、真ん中を歩け!』


 十二がたどたどしく反論すると、ヴィヴィアンは頭を抑えていた。

 おそらく短い言葉の中に、みっしりと情報が詰め込まれていたのだろう。


『翻訳の関係で、君の中の車……自動車の意味が、彼女の脳内に流し込まれたんだろうね』

「そんな翻訳の関係、聞いたことがないっす」

『まあまあ。無かったら悲惨なんだし、多少は我慢してくれたまえよ』

(確かにそうだけども……)



『そのうえでだ! この際はっきりと自己申告をしておく! 私はお前を信用していない!』

「そうでしょうね」

『私は見ての通り子供ではない! 母上が信じろと言ったからといって、それを信じるような者ではない!』

「え?」


 アナタは自分を成人女性に見えるだろうとおっしゃっていますが、俺の目から見ればアナタは成人女性には見えません。どう見ても子供です。貴方の発言に違和感を覚えました。


 という情報が「え?」という言葉に詰め込まれる。

 ヴィヴィアンは思わず頭を抱えた。


『ぐああああ! なんて失礼な奴だ、そして痛い奴だ……とにかく! もう一度自己申告するぞ! 私はこの状況にまったく納得がいっていない! いきなり我らの同胞を、妖精を捕まえようとする者が現れたことは驚かん。割とよくあることだからな。我らの天敵が来たことも、考えてみればおかしなことではない。だがいきなり現れたお前たちを、母上があっさり信じられたことが理解できん! というより、納得できる理由がある、とは思えんのだ!』

「そうだよねえ。パイポ山の狸たちは理由を知っているヒト……狸さんが死んじゃったから仕方ないけど、ティタニアさんは生きてて事情を知ってたんだから教えてくれてもよかったのに……」

『そうだろう! 母上がああも語気を強めて追い立てていなければ、腰を据えて話をしたかった! なぜ少々の手間を惜しむのだ!』


 ヴィヴィアンは少し黙ってから、どなってくる。


『なぜお前に賛同されなければならない!』

「同じ気持ちだからでは?」

『なぜ賛同する! なぜ事情の分からない者同士が揃って、敵の本拠地に赴かなければならない!? 私はまったく納得いっていない! 命令に反するが、自己主張せざるを得ない! 何の意味がある! これで敵に勝てるのか!?』


 ヴィヴィアンはポンポコピーと十二を指さした。


『なんの役にもたたなかった間抜け面と!』

『え、いや……役に立とうと努力はしました! その頑張りは評価してほしいですね! これからの私に是非清き期待を!』

『なんだかよくわからん奴!』

「……おっしゃる通りです」

『使い魔を含めても四人だぞ!? この戦力で敵本隊に勝てるのか!?』


 びっくりするほどまともで、十二は逆に不意を突かれた気分だった。

 言われるがままにここまで来たが、敵の本隊に勝てる可能性は低い。


『我らが向かう先、アポカリプスシティには、タヌキの天敵であるライカンスロープとやらや、我らの天敵である巨人族がいて、そのうえ奴らの仲間もいることが想定されるのだろう?!』

「……今から逃げません?」

『いやいや、そうでもないんだよ。女王陛下の判断は、極めて正しいと言えるね』


 ギボールは不敵に笑いながら、ヴィヴィアンの想定を否定した。


『ライカンスロープも巨人族も、君達からすれば本当に天敵だ。奴らだけが相手なら絶対に勝てない。だがね、他にも敵がいればその限りではないのさ』

「どういうことですか、ギボールさん」

『なあに、行ってみればわかるよ。それこそ、そこのヴィヴィアンさんの尊敬する、偉大なる女王様の正しさを信じたまえ。それともヴィヴィアン君。子供でもあるまいに、心の底から疑っているのに『親に言われたから』で命を賭けているのかな?』

『……ふん! 慇懃無礼な使い魔だな。とはいえ、言っていることはもっともだ。母上が何の根拠もなく我らを送り出すとは思えないし……敵の本拠地を叩く必要があることも事実だ。頼れる当てが他にあるわけでもない』


 どうやらヴィヴィアンは、母親を疑っているわけではない。ただ母親の判断が正しいと思えないだけなのだ。

 やっぱり説明不足が問題の根幹である。


『お前にも期待はしておくぞ、間抜け面。もしも期待を裏切れば、その時は……』

『期待を裏切ったりしませんよ! 乞うご期待!』

(なんで自信満々なんだろう……)



 かくて何にも事情を知らない一行は、森の中の舗装された道路の上を進む。

 ほどなくして、アポカリプスシティが見えてきた。

 十二をして『街』といえる、摩天楼の並ぶ大都市であった。


「あの、ギボールさん。もしかしてこの世界、遠い未来の地球だったりします? SF作品だと、よく見る展開なんですけど……」

『そういうのじゃないことは、吾輩が保証するよ』


 立ち並ぶ摩天楼は、テナントビルか、ランドマークか、あるいはタワーマンションか。

 植物が生えて表面を覆っているため年数を感じさせるが、その荘厳な姿から経年劣化は感じられない。

 それが一棟二棟ではなく都市として荘厳に並んでいるのだから、未来都市のそのまた未来の姿というほかない。


『なんかすんごいへんてこなところですね……アレは岩ですか、山ですか?』

『知らん。巨大な水晶の表面を加工しているようにも見えるが、我ら妖精にとっては禁足地。近づくことも許されていなかった。母上は祖母から女王の座を受け継いだ時、シューリンガンと共に入ったことがあったらしいが、詳しいことは私も即位するまで知れないはずだった』

(で、知らないまま来ちゃったと……)



 文明の最果て、安楽死後の世界。

 十二にとっては、刺激的というよりも寂しい雰囲気の場所であり、正直踏み入りたいとは思えなかった。

 それでもヴィヴィアンが進んでいくので、それに続かざるを得なかった。


(本当に、ポストアポカリプスだな……)


 人気のない道を歩くだけでも心細かったが、人気のない大都市を歩くのはもっと心細い。

 初めて入る森の中を歩く時の方がもっと気楽だった。


 もしや世界には自分一人だけなのでは。

 そんな不安に駆られる中で、歩く先にある『何か』に気付いた。


「……なんだアレ」

『私が知るか。だがあそこが私たちの目的地と見て間違いあるまい』

『私もそう思いますよ! 私もね!』


 それはいうなれば、半円球のピラミッドであろう。

 立ち並ぶ摩天楼によって隠されていたそれは、黒いつやを持つ巨大なドーム。

 窓はなく、模様もない。墓石を思わせる、シンプルにして高度な建造物。


 この町の中央にあるそれは、まさに目的地であった。

 そしてその手前に、大勢の『人影』が集まっている。

 ティタニアの言っていた通り、クリファ教団たちが勢ぞろいしていたのだ。


 巨人もライカンスロープも、そして人間も。

 大勢が並んで、大声で話し合っていた。


『つまりお前たちは、妖精やタヌキを捕まえておいて、結局逃がしたのか!?』


『俺たちも自分が可愛いので!』

『下手したら全滅してましたぜ!? そうなったら終わりでしょうよ!』


『むぅ……たしかに、自分の身の安全を優先することこそ、クリファ教団の第一義。だが! それを悪用してあっさり逃げるとは!』


『いやいや! 俺たちの隊長、片足へし折られましたから!』

『俺たちもケガしましたよ!』


『ケガする前に逃げていればお前たちのせいにできたのに! このままだと俺たちが怒られるだけじゃないか!』


 ライカンスロープや巨人に怒っているのは、どうやら人間のようである。

 しかし十二が知っているどの人種とも、明らかに異なっていた。

 肌の色は妙に濃い上で、目鼻の位置にわずかながら違和感がある。


 違う生き物というほど違うように見えず、外国人と言われたら妙に納得しそうな風体だった。

 そんな人間たちが、道を歩いている十二たちに気付いた。


『む……おい、まさかあいつ等か!?』


『ま、間違いない! タヌキや妖精も一緒だ!』


『アイツらめ、俺たちを追いかけてきやがったな!』


『案の定、人間が頭目だったか。人間のやりそうなことだ』

『まったくですね! おのれ人間! ライカンスロープや巨人を率いて悪事を働くとは、許すまじ!』


(どうしよう。俺も人間なんだけど、指摘しにくい空気になってる)



 四対百ほどの人数差がある状況で向き合う両陣営。

 やっぱり戦力差は歴然をしており、勝ち目があるようには見えない。


 そしてそれを決定づけたのは、人間たちが構えた『火器』である。

 十二が映画やゲームで見た、実在する兵器そっくりの武器である。


「ま、まさかロケットランチャ~~!?」


『ははは! その通り! 追尾式誘導弾を発射する、新型のガジェットだ!』


 十二の言葉が端的に翻訳されていたのか、人間たちは『火器』をロケットランチャー……。人間が携帯できる、大型の火器だと認めた。

 魔法なのか科学かだけで、そうそう違いのない兵器のようであった。


『くらえええええ!』


 発射された『誘導弾』は、十二のイメージ通りだった。

 拳銃の弾のように、発射されたら次の瞬間には当たっているとかではなく、目で追える速さの弾がこちらに向かって飛んできている。

 わずかに蛇行しつつ、煙を上げながら向かってくるそれを見て、三人はそろって逃げ出した。


「ひいいいい!」

『おい、ハングドマン! お前はあのガジェットについて知っているんだろう!? 何とかできないのか!?』

「と、とりあえず、横に逃げる~~!」


 十二の判断は、それなりに的確だった。

 大きな通りから横に逃げて、建物の影に隠れようとしたのだ。

 これが普通のロケットランチャーなら、90度横に曲がるなんてことができず、壁などに当たっていただろう。

 だが『コレ』は魔法の誘導弾であった。速度こそ劣るものの異常な軌道で方向転換し、十二たちを確実に追跡している。


『駄目じゃないか~~!』

「すみません~~!」


『ははははは! どうだ、これが人間の力、ガジェットの力だ!』


 あっちやこっちへ逃げ回る十二たちを見て、クリファ教団の面々は大いに笑っている。

 実際滅茶苦茶みっともなくてコミカルなので、笑われても仕方なかった。


「くっそ! 昔のアニメみたいになってる~~!」


『ハングドマン様! 私に考えがあります! そう、秘策アリという奴です! どうです、期待しちゃいますか?! 期待されるとうれしいです!』


「早く何とかしてくれる方が嬉しいかな!」

『というかお前に何ができる! この間抜け面!』


『ふっふっふ……アレは所詮機械です。しかも遠くから操っている感じがしません。多分ですが、私たちを追いかけている弾が勝手に動いているだけでしょう』



 ポンポコピーの説明通り、クリファ教団の面々は笑っているだけで何もしていない。

 誘導弾は自動追尾であり、リモート操作しているわけではないのだろう。


『そして! 勝手に動いているのなら! あいつらに向かって飛んで行ってもおかしくありません! なのにそうなっていないのはなぜか! おそらく、敵と味方を識別する機能があるのでしょう!』


「まあそうだろうけども、だからなに!?」

 

『私の変化の術で、私たちの姿をクリファ教団に変えます! そうしたら追尾弾は私たちを見失って、適当に飛んでいくはず!』


『説明は賢いふうだが、お前にそこまでの変化ができるのか!?』


『おまかせあれ!』


 ポンポコピーは足を止めて、変化の術を発動させる。


『ヤブラコウジノブラコウジ!』


 ぼふんという煙が上がると、十二やヴィヴィアンも一瞬姿が隠れた。

 煙が晴れると……幼稚園のお遊戯会のようなクオリティの仮装をしていた。


『どうです、これで機械の目はごまかせるはず!』


『お前は私の期待を裏切った!』


「こんなんで誰をごまかせるんだよ!」


『ははははははは! そんなんで、新型ガジェットを騙せるものか!』


 もう誰もがポンポコピーに呆れていた。笑うか怒るかの差しかない。

 しかし肝心の追尾弾はというと、三人に追いついて着弾するかというところで急上昇し、明後日の方向に飛んでいった。


「え、えええええええええええええ!?」


『どやあ!』


「えええええええええええええええ!?」



 もう全員がびっくりしていた。

 いや、ギボールだけは驚かなかった。


『化け狸の変化の術は、もともとこういうものなんだよ。鉄に化けても硬くならないし、大きくなっても重くならない。攻撃力や防御力は一切変化しないんだ。君にわかるよう言うと……トレーディングカードゲームで『このカードはカード名や属性を好きなように変更できる』って感じ。ああいう自動的なガジェットには効果てきめんなのさ』

「ほかのゲームならともかく、カードゲームなら即禁止ですね」


『さらにさらに~~! ゴコーノスリキレ!』


 安全を確保したポンポコピーは、遠くにいるクリファ教団たちへ変化の術を発動させた。

 やはり煙が発生し、それが晴れるころには全員の服がお遊戯会レベルの、十二と同じ制服になっていた。


『な、あ……ま、まずい! このガジェットは、クリファ教団ではないものを追いかけるようになっている! 今の私たちがクリファ教団ではないと認定されるなら……』

『いいから逃げろ~~!』

『駄目だ、間に合わない~~!』


(すげえ……凄いけど間抜けだ……)

『なかなかやるな、間抜け面!』

『どやあ!!』


 自滅、とは少し違うかもしれない。

 クリファ教団たちは、自分達の撃った追尾弾に追われて、モロに直撃を受けていた。

 それでも元々の防御力が変わっていないからか、全員がなんとか立ち上がってくる。


『くそ……これでは追尾式のガジェットは使えないな』

『持ってきたのは全部追尾式だぞ!?』

『じゃあもうガジェットは使うな! 相手は三人と使い魔一体! この人数でかかれば普通に勝てる!』


『そうはいかん……お前たちの力を、利用させてもらうぞ』


 ヴィヴィアンはスリングショットに弾を込め、大きく引き絞って狙いを定めた。


『妖精の力を見るがいい……フェアリーサークル、暴発弾!』


 スリングショットの弾自体は誰にも当たることなく、地面に落ちていた。

 しかし落下地点を中心に、コミカルな魔法陣が展開される。

 その内部にあったガジェットたちは、勝手に動き出し、暴発した。


『な……あ、ああああああ!』

『逃げろ、逃げろ~~!』


 さながら花火の爆発事故。

 最初こそ明後日の方向に飛んでいった追尾弾だが、途中で向きを変えてクリファ教団たちに襲い掛かっていく。

 あっちやこっちへ、コミカルに逃げ回る教団員たち。

 しかし途中で、ライカンスロープたちが気付いていた。


『よく考えたら! 俺たちが変化させられているだけだろ!? それなら一吼えすれば、術が解けるじゃねえか!』

『ああくそ! 慌ててたぜこんちくしょー!』


 変化させられているから窮地に達しているだ、それなら変化を解けばいい。

 なにもかも戻れば、クリファ教団を襲っているすべての弾は十二たちを襲うはずだった。


『それじゃあ……』


『させん! フェアリーサークル、不発弾!』


 何発もの弾がライカンスロープに命中する。

 彼らの体に文様が刻まれ、何らかの効果を与えていた。

 それがどういうものかは、すぐにわかってしまう。


『がひゅ……あ、あれ?! おかしいぞ、吠えられない!』

『吼えようとしたら、声が出なくなる! どうなってるんだ!?』


『これが妖精の力さ。相手のアクティブスキルを勝手に起動させたり、逆に発動させないように封印できる。巨人のように素の力だけで戦う相手には無力だが、他の奴らにとっては相手をしたくないだろうね』

「こりゃひどいコンボだ……」


 ギボールの説明を聞いて、十二はあんぐりと口を開けていた。

 変化の術で追尾弾の識別を狂わせたうえで、追尾弾を暴発させつつ変化を解除させないようにする。

 こうなってしまったら、敵はもう逃げることすらできない。


『おぐわあああああ!』


 面白くらい気持ちよく吹き飛んでいくクリファ教団。

 屈強なはずの巨人もライカンスロープも吹き飛んでいき、戦える状態ではなくなって行った。

 もちろん本人たちは面白いわけもない。苦しそうに立ち上がりながらも、十二たちを睨んでくる。


『くそ……俺たちだけならタヌキなんてなんてことねえのによお! しっかりしてくれよ、人間サマよお!』

『人間に足を引っ張られた! 妖精がこんなに厄介だとは思っていなかった!』


『だ、だまれ! い、いや、お前たちの憤りももっともだ! 上司からは『タヌキのところにはライカンスロープだけ行かせろよ!』とか『妖精の相手は巨人だけにしろ、ついていくな!』と言われていたからな。他の戦力と合わせて、合同で来るとここまで厄介とは思っていなかった』


(多分これ、かなり翻訳されてるな……口の動きと比べて、言葉が長い……)


『だがここまでだ、私も最終手段を切る! あとで小言を言われるだろうが、そんなことを気にしている場合ではない!』


 人間の一人、特に身分の高そうな男が懐から巻物のようなものを取り出した。

 異様な圧力を発するソレを掲げて、呪文の詠唱を始める。


『大いなるクリファ様に仕えるべく生み出されし、強壮なる騎士よ! クリファ教団の大隊長として、御、願い奉る! ここに来りて、教団にあだなす物を討ち滅ぼしたまえ!』


『召喚呪文か……! フェアリーサークル、不発弾!』


 召喚をさせまいと、ヴィヴィアンは不発弾を放つ。

 着弾と同時に巻物へ魔法陣が刻まれるが、あっさりと弾かれた。素人目にも妨害が失敗したようにしか見えない。


『や、やはり、今の私では妨害しきれないか!』


『それなら私の変化で、認証を失敗させれば……あれ、それはもうやってましたね』


『おそらくパスワードを入力すれば、発動自体はできるタイプなんだろう。それなら変化の術で認証を失敗させることはできない。どうやら戦うしかなさそうだ』


 妖精の力もタヌキの力も、召喚を妨害することはできそうにない。

 ギボールもそれを受け入れて、既に召喚されたものと戦う構えだった。


『ご主人様、吾輩を戦えるようにする準備をしておいてくれ』

「え、ええ!? そこまでするの!?」

『相手がクリファ教団だし、呪文の詠唱からして十騎士を呼ぶつもりだろう。マテリアリストと同格の敵なら、吾輩が出ないとダメだ。なに、一対一ならまず負けないよ。まあもっとも、クリファ教団に吾輩や君のことが本格的に露見することになるだろうがね』

「う、うぐ……」

『それとも、逃げるかい?』


 ギボールの挑発だったが、忠言であり甘言でもあった。

 逃げられるのなら、逃げた方がいいかもしれない。

 ここで十騎士と戦って勝っても、残る八人が一斉に来るからだ。

 それなら……。


「ギボールさん、やりましょう。呪文をもう一回教えてください」

『格好いいねえ。まあ、最初の一回で覚えてくれた方が嬉しいんだけどもね』


『これより十の数字を数え申す! それを終え次第、御身をここに召喚いたす! 十、九、八、七、六、五、四、三、二、一!』

『それじゃあ行くよ!』

「はいっ!」



『十騎士が十番! 物質主義者(マテリアリスト)!』



『……あ、ああ』

「え、あ……」



 爆音と共に、何かが出現する。

 最初こそ煙に覆われていたが、煙も風と共に消えていった。


 誰もが息を呑む中で現れた姿は、人型ではあった。


 ただし、木の板の上に寝かされていて、土で汚れた布で覆われていた。


 どう見ても、弔われた死者である。



『死んでる……』



 召喚対象が死んでいるとは誰も思っていなかったため、混乱した沈黙が流れた。

 それを破ったのは、召喚を行った術者である。


『クリファ教団、第一義! まず自分を大事に! 総員退避!』

『おおおおおおおお!』


 頼みの綱がもう死んでいた。

 クリファ教団は文字通り這う這うの体で、アポカリプスシティから遁走していく。

 召喚されていた物質主義者の遺体も、それによって消えていた。


『な、なんだったんだ、アイツらは……』

『世の中はわからないことだらけだから、無理に考えなくていいって、死んだ父が言ってました!』


『……まあそのなんだ、うん。吾輩が戦わなくてよかったね』

「そうっすね……」


 かくて、十二たちの活躍により、アポカリプスシティ、パイポ山、妖精郷の平和は戻った。


 このあとでようやく、何が起きていたのかを知ることになるのであった。

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― 新着の感想 ―
物質主義者がクリファ教団の第一義を守らずに死んだ辺り、正しい教えだなと改めて。
クリファ教団第一教義、潔くて笑いますね
遊○王等を鑑みるに、それこそレギュレーションが固まり切って無い最初期か、運営がやけっぱちになってる末期辺りに乱発されそうな能力ではある。 ギャグとコメディは似て非なるモノ、なら、この作品はどうなんだ…
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