リアル脱出ゲーム 1
最近投稿していなかったので、ストックの放出をさせていただきます。
小学生が中学に進学し、初めての文化祭を体験する。
その前日、ともなれば気分は高揚するだろう。
縁十二もまた、そのうちの一人であった。
準備していた看板などが教室や廊下に並び始め、お祭りの準備が始まった、という感覚にワクワクしている。
彼のクラスの出し物は喫茶店だ。メイド服を着たりはしないが、ちょっとはオシャレをしてジュースなどを紙コップについで振舞う予定である。
大量のペットボトルを運ぶため、彼も男手として四苦八苦していたのだが……。
「おい十二! ちょっとこっちこいよ!」
「え、お、え?」
廊下を歩いているところを、小学生のころの友人に無理矢理引っ張られてしまった。
昔は同じクラスだったが、今は別のクラスである。
「俺たちのクラスさ、文化祭でリアル脱出ゲームをやるんだ!」
「……あれって、文化祭でやれるレベルの出し物か?」
「んなわけないだろ? そこまで本格的じゃねえよ。迷路作って、中にクイズを置いてあるだけさ」
友人に連れられるまま、友人のクラスの前に着く。
既に準備は終わっているらしく、文化祭当日と言い張っても問題ないほどだった。
「お客さんは、入り口でクイズの回答用紙を渡されるから、それをもって迷路に入る。そんで迷路の中に置いてある〇×クイズを解いて、どっちかの判子を押す。で、出口で答え合わせをして、全問正解したら『脱出成功』ってわけよ」
リアル脱出ゲームの看板には『この迷路に入って脱出できたものは一人もいない』とか『踏み込んだが最後、どこかへ消えてしまう』とか、おどろおどろしい文章が書いてある。
フレーバーテキストではあるのだろうが、あんまりいい気分ではなかった。
「……あのさあ、なんかリアル脱出ゲームって言うか、お化け屋敷みたいになってないか?」
「リアル脱出ゲームってそういうもんだろ?」
「……じゃあまさか、中ではお化け役がいるとか、言わないよな?」
「ん~~……お化け役、はいないかもな。でも入った奴が長々居座ったら困るから、それなりに対応をするだろ? 殺人鬼とかさ」
「おい! 俺そういうのダメなんだよ!」
「だからいいんじゃねえか! ちょっと、リハーサルに付き合ってくれよ!」
友人は無理矢理回答用紙を渡すと、十二を入り口に押し込んでいく。
「はあ!? やっぱり驚かす気かよ!」
「そうじゃないと面白くないだろ? ほらほら、記念すべき一人目だ!」
無理矢理押し込まれた十二は、そのまま教室に入っていく。
友人のクラスメイト達も、にやにやとそれを見守っていた。
「お~~い! お客様が入ったぞ~~!」
「しっかりもてなせよ~~!」
いったいどれだけ悲鳴が聞こえるだろう。
クラスの外にいた者たちは、いつ大げさなリアクションが来るのかと期待して待っていたが……。
「ねえ、ちょっと……誰も入ってこなかったわよ?」
「え、え? 今、入ったよね?」
「どこかに隠れてるんじゃないの?」
「おい、ふざけてんじゃねえぞ?」
リアル脱出ゲームに参加した縁十二は、そのまま本当にどこかへ消えてしまった。
翌日の文化祭は結局開かれることはなく……。
『本当に消えた、リアル脱出ゲーム』
学校の怪談として、語り継がれることになる。
※
縁十二は、基本的に臆病である。
出し物だとわかっていても、ついつい目を閉じてしまっていた。
もしや、もうすでに目の前に『お化け役』がいるのではあるまいか。
おそるおそる目を開くと、そこは……広々とした、暗い部屋だった。
「……は?」
思わず後ずさると、僅かにへこむ感触と、軋んだ音が耳に入った。
彼の学校は鉄筋コンクリート製だったが、ここはなぜか木製の床である。
う、あ。
と、意味のない声が口から漏れ出た。
一瞬で、記憶が吹き飛んだ。
ついさっきまで何を考えていたのか、など脳裏から消えていた。
あれれ、本格的なリアル脱出ゲームじゃん、など考えもしなかった。
尋常ならざる異常事態に突入したと、本能的に理解していた。
「ふっ、ふっ、ふっ……!」
まともに呼吸もままならない体調になった十二は、口を抑えて息をひそめようとした。
平和な国で生まれ育った彼だからこそ、周囲の空気が異様なほど張り詰めていると感じ取ってしまった。
(死ぬ……! 死ぬ!)
十二は呼吸音を抑えながら、眼球だけを動かして左右を見る。
とても広い部屋だっただったが、家具らしいものは何もない。
暗い部屋だったが、それでもわかるほど『空き部屋』だった。
しいて言えば、ドアが一つあるだけだ。
暗い部屋の中で、そこだけがわずかに見えている。
(……死ぬ!)
もしもこれがノベルゲームならば、目の前のドアを開けるか開けないか、の選択肢が浮かぶのだろう。
ただし、その前に『扉の向こうから不穏な気配がする……それでも開けますか』という前書きがあってのことだ。
(あのドアを開けたら、俺は死ぬ!)
ただ臆病風に吹かれただけかもしれないが、異様な圧力を扉の向こうから感じていた。
あのドアを開けなければ、どこにも向かうことができないと悟ったうえで、それでも息をひそめていた。
あのドアを開けなければ状況が進展しない、と理解していても。
あのドアを開けた瞬間に死ぬ、という予感があったのだ。
彼は選択をしたというよりも、怯えて選択ができなかっただけなのだが……。
行動をしない、待機が『選択』になっていた。
そしてそれは、最悪の形で肯定されることになる。
どおん、という轟音とともに、巨大な『人影』がドアの方向の壁をぶち破って侵入してきた。
人影と言っているが、実際にはどう見ても人間ではない。
腕も足もあるが尋常ならざるほど太く、指らしいものがない。そのうえ首も肩も見当たらない。
巨大な『胴体』から直接腕と足が生えているだけの、ロボットのような体形をしていた。
「ひ、ひ……!」
壁を破って入ってきた『ロボット』は、怯える十二へスムーズに近づいていく。
ぎこちなさだとか鈍重さを感じさせない動きで、腕を高く上げた。
それが振り下ろされれば、どうなるかなどわかりきっていた。
「あ!」
十二はここで、火事場のバカ力ともいえる境地に達した。
窮したゴキブリのごとく、無様に、しかし最善の道を選んだ。
這いながらも前へ移動し、ロボットに接近する。
その直後にゴーレムの巨大な腕が、彼の元居た場所を粉砕していた。
辛くも攻撃を回避した十二は、しかしそれでも『前』を見ていた。
ロボットのぶち破った壁の穴に、逃げ込もうとしたのである。
「ひ、ひ、ひい!」
ただただ必死だった。
だからこそ、とにかく逃げ道を、活路を求めていた。
その場しのぎだとか場当たり的な対応だったが、それでも一瞬、一手ミスすれば死ぬと理解できていた。
よろけながらも壁の穴から『外』に出ると、そこは『薄暗い廊下』だった。
廊下の幅はそれなりに広いが、やはり灯らしいものがない。
もちろん、地図だとか、人間だとかもいない。
厄介なことに、今動いているのはこのロボットもどきだけだった。
「あ、あああ!」
十二を追うように、ロボットも部屋を出てくる。
無機質に、冷淡に。
殺戮マシーンは、追跡の手を止めようとしない。
「う、うううう!」
十二は走り出した。
ここがどこなのかわからない以上、逃げた先が行き止まり、という可能性もあった。
それが脳裏によぎる中でも、とにかく走っていた。
「ん……ん!?」
極度の緊張状態だからか、呼吸も心拍数も異常になっている。
普段ならもっと長い時間走れるはずが、もうすでに転びそうだった。
そんな状況で、目の前に分かれ道が見えた。
まっすぐ進むべきか、曲がるべきか。悪いことに、曲がった先など今は見えない。
(死ぬ!)
ここでも、十二は危機感を覚えた。
この選択も、命にかかわると感じ取った。
どちらも安全、という可能性が感じられない。なんなら、二つとも間違っているかもしれない。
もちろん、戻るという選択肢もあり得ない。
つまりは、どうあがいても死ぬしかないのでは。
そんな諦めさえ、脳裏によぎっていた。
その脳に、声らしき音が響いた。
『こっちだよ』
言葉にすればそんな意味なのだろうが、実際にはもっと曖昧である。
たとえるのなら、幼児が泣いていているとか、犬が吠えているとか、猫が鳴いているようなもの。
呼び声がした、という印象だろうか? ともかく十二は、その声に従った。
「ん、ん!」
顔を真っ赤にしながら、まっすぐ走る。
その先には階段があり、広い空間を下っていくようだった。
吹き抜けのあるスペースに降りる階段、のように見えた。
「あ、ああああ!」
ふと背後を見ると、何やら二体に増えた『ロボット』がいた。
おそらく先ほどの分かれ道で、曲がり角の先から合流してきたのだろう。
もしも曲がっていたら遭遇し、そのまま死んでいた。
そう理解している間に、がくんと体が落ちそうになる。
床が抜けていたのではない、後ろを見ながら走っている間に、階段へ突入してしまったのだ。
転がりそうになりながらも、十二はなんとか階段を下っていく。
そして広い空間……おそらくエントランスに当たる部分に突入した彼は……。
「え?」
『こっち、こっち』
人生で初めて、人魂を見ていた。
服を着ている白骨死体の上で、人魂が浮いているのだ。
暗い部屋の中だからこそ、その人魂は存在感を放っている。
その人魂が、自分を呼んでいたのだ。
(騙された? 取り付かれる? なんで?)
様々な想像が脳裏をよぎるのだが、そんな彼の後ろで轟音がした。
二体の巨大なロボットが、階段を踏みぬいて『床』に落ちていたのである。
それで壊れた、という都合のいい展開はない。
平然と起き上がり、二体揃って十二に向かってくる。
『こっちこっち』
「はいいいいい!」
悪意や罠を思わせる人魂よりも、質量のある暴力の方が怖かった。
十二は這う這うの体で、なんとか死体のそばに近づく。
するとどういうわけか、二体のロボットは追跡を止めて停止していた。
「ひ……ひ……た、助かった?」
『ああ、うむ。君は確かに助かったとも。ひとまずは、だがね。だが……一番危ういタイミングを乗り切った、それもまた真実だ』
人魂は、静かに『語りかけた』。
それは日本語ではなく、情報を流し込まれているようだったが……。
『このままだと話しにくいな。吾輩に、触れてくれるかい?』
「ふれ、る?」
混乱と緊張に疲れた十二は、流されるままに手を伸ばす。
腰を抜かして、息は粗く、心臓も脈打ち続けている。
そんな状況で、彼は怪しい人魂に手を伸ばしてしまった。
『ああ、うむ。これで話しやすいだろう。どうだい、君。私の言葉が分かりやすいだろう』
「あ、う、はい……」
『まだ何もわからないだろうが、これだけは信じてほしいね』
まるで詐欺師のように、人魂は『安心できる言葉』を吐いた。
『吾輩は、君の味方だよ』