第二章 1
集落に着いた。
遠くに高い山が見えるが、集落周辺は平野だ。北にある山から川が流れ、その川の傍に人が集まり、村となったのだろう。川は南北に続いている。家の数からいって、大きな集落でもなさそうだ。人口も百人未満だろう。長閑とか自然豊かな、という表現が似合う村だ。自給自足で住んでいるのだろう。街道が伸びていないから、そう思っただけだ。でも、外との交流はないのではないか?村を囲う壁や塀や柵もない。外敵がいない証拠だろう。
ただ、畜産が豊かなのか、大きな牛が放し飼いされている。その牛の匂いが、川上から吹く風に乗って、ここまで匂ってきた。元の世界での動物園や牧場に近い匂いだ。鼻を摘まみたくなるが、その内、慣れるだろう。
村と、村の外の境界はない。既に立っているここも、村の中なのかもしれないし、最も外側の家よりは外にいるので、村の外なのかもしれない。攻めて来る人がなく、土地も余っているから、領土という感覚がないのかもしれない。例えば、平らな地面の面積が少なければ、集落の人間だけでも、争っていただろうが、ここは、どこまでも平野だ。村の東側にある川もずっと北から南に流れている。草原らしく緑も多く、農作物にも困らなそうだ。村の西側には畑も見える。
もし、もっと広い土地に住みたければ、街の外側に住めばいい。どこまでも、自分の土地を増やせるのではないだろうか?山や海に囲まれた街では、そうはいかないが、ここはそんな争いとは無縁に思える。樹々を伐採して土地を広げる必要もない。
こういう土地なら、争いもなく、豊かに暮らしていけるだろう。そんな風に思った。
「ここは面白い街だよ」クロは言った。
「なにが?」俺はきいた。馬車の窓から、二人で村を眺めている。
「ブルジって草食動物がいるんだ。ここの住人は、ブルジの為に生きている。ブルジが中心の、ブルジの村なんだ」
「あの四足歩行の動物のことか?」俺は牛に似た動物を指さした。
「そう」彼女は肯定した。
世界は滅んだと教えられた。でも、この程度の集落は、やはり残っていると思った。田舎で自給自足を行うなら、外で大きな争いが起きたとしても、影響を受けにくいからだ。外の街と、交易を行っていたなら困るだろうが、ここは完全に外界と遮断しているように見える。
土と木造の平屋の住宅から、何人かこちらを覗いている。動物の皮で作った服を着ているようだ。服の作りは簡単なもので、文明レベルが低いと伺える。機械や電気があるようには見えないので、当然かもしれない。
「ここで、あなたに頼みたいことがある」クロはこちらを見た。目が合うと、一瞬だけリズの面影を見てしまう。そっくりだから仕方がない。
「なんだ?」誤魔化すように街を見た。
「ブルジを一頭、用意して欲しい」
「なんに使うんだ?」
「秘密」
「邪魔になるだろ?」
「そうなれば、この子が食べられるし」クロは、目の前の馬を指さした。
「肉食なのか?」
「雑食。でも、肉の方が好きみたい」
………。そういうことは、先に言って貰いたい。草食動物だと思っていたから、この馬の隣で眠っていた。うっかり食われていたかもしれない。
「言語は?」俺はきいた。
「同じ」彼女は答える。
「お前が交渉すればいいんじゃないのか?」
「私は駄目。ちょっと用事もあるし」
「用事?」
「一週間後に、ブルジを一頭。どんな手段を使っても構わない。もう二度と、ここに立ち寄ることもないだろうから、方法は任せる。もし、用意できなかったら、次の街には辿り着けない。だから、絶対に用意して」
「わかった」俺は頷いた。「……って、一週間?」
「そう」
「そんなに掛かるのか?」
「それはあなた次第」
「こんなところに、一週間も時間を無駄にできない」
「大丈夫。あなたの修行にもなる」
「なんで?」
「行けばわかる。それじゃ、頑張って」彼女は俺の背中を押した。
そして、殆ど無理やり、外に追いだした。馬車から降りると、馬は踵を返して、来た道を戻って行った。つまり、知らない村に放り出されたわけだ。
溜息をついた。
周りを見渡す。標高が少しだけ高いのか、空気が澄んでいる気がする。少し涼しいから、そう勘違いしたのかもしれない。なんとなく、モンゴルの草原っぽい場所だと思った。ただ、自分の頭の中にある草原が、実際のモンゴルの草原なのかどうかは不明だ。
集落を見る。気さくに話しかけてくるやつはいない。何人かと目が合ったが、こちらを警戒しているようだ。
刀は腰に差している。いざとなれば、戦えるだろう。でも、人を殺したくはないから、逃げる方向を決めておいた方がいい。俺たちは南からきた。進むなら北だが、クロが南に戻って行ったので、迷うところだ。
天気は快晴。
湿度は低い。
相手は、動物の皮を剥いで、切って、紐で結んだだけの衣装を着ている。弥生時代とかそのくらいの文明レベルだろうか?一週間ということは、食べるものも、ここでお世話にならなければならない。牛を貰うほど仲良くなる必要があるのだから、それが最低限の関係だろう。
あまり向いているとは思えない。人付き合いは苦手だからだ。でも、ここに留まり続けるわけにもいかないし、次の街の方角もわからない。
クロからの指示が、唯一の当てだ。
仕方がない。
なるべく、笑顔を作った。
そして、集落の方へ歩いた。
もうここは、村の中なのだろうか?
それはわからないけれど。