第二章 19
なんと呼ぶのかは知らないが、新しい長の誕生を祝う式が開かれた。
ゴーヤを中心に、村人たちは跪き、一人一人挨拶をする。ゴーヤは、長となった挨拶を述べた。その後は、ゴーヤの元に、豪勢な食事が運ばれた。集落では、キムチが使っていた家の家具が外に運び出されている。
キムチはブルブル様の代弁者としての力を失い、ゴーヤがその力を得た。
そうだろうか?
そんなにすぐに、割り切れるものだろうか?
一つ確かなことは、長に逆らえば、理不尽な仕打ちが待っている。その恐怖も少しはあるのだろう。村人全員で謀反を企てるしか、この仕組みを壊す方法はないだろう。ただ、その先になにがあるのかはわからない。
ブルブル様を軸に据えた政治を壊したなら、なにを信仰して村人たちは生きるのか?それとも、ブルブル様そのものを、信じるのだろうか?
政は別の人間を据えればいい。そちらの方が矛盾もなく、素直に従えそうな気もするが、ブルブル様の代弁でないのなら、力がないのだろう。あまりわからない感覚だ。
それから二時間ほど経ち、新しい長の就任の忙しさも終えた頃、ゴーヤは村人を集めた。
ゴーヤは木で造った台の上に立ち、集めた村人をゆっくりと眺めた。村人全員が集まっても、大した数ではない。俺は、座っている村人の更に後ろからその様子を眺める。
「俺を育てた父のダンと、母のヨナは、キムチによって殺された。一年前、その理由の説明を求めたが、お前は答えなかった。キムチ。今一度問う。ダンとヨナを殺した理由はなんだ?」ゴーヤはキムチを見下ろした。その声は自身に満ち溢れていた。
「ブルブル様がそうおっしゃったからだ」キムチは座ったまま答える。
「その他に理由はないのか?」
「ない」
「わかった。今からブルブル様のお言葉を授ける。キムチ。その血をこの大地に捧げよ」
「……ああ」キムチは一切の抵抗を示さなかった。
キムチは両膝を付いたまま、両腕を二人の男に抑え込まれ、謝罪のポーズを強制させられた。ゴーヤは、村人に目配せをして、その村人がナイフを彼に渡した。
「おい」思わず声が出た。
「なんだ?」ゴーヤはこちらを見る。
「殺す必要があるのか?」村人の視線も俺に集まった。
「ブルブル様のお言葉だ」
「ふざけるな。自分の復讐に神様を利用するな」
「村の外から来たお前にはわからん。こいつの身勝手な悪事によって、どれほどの被害が出たか。どれほどの人間が涙を流したか。これは、復讐ではない。ブルブル様のお言葉だ」
ゴーヤはナイフを振り下ろそうとした。
既に、刀の柄に手は伸びている。
ゴーヤまでは二十メートルもない。
間に合うだろう。
でも、柄を握ったまま右腕は動かなかった。
ゴーヤのナイフは、キムチの首を斬り裂き、キムチから血が噴き出した。キムチは悲痛な叫びをあげたが、それも止まった。
目を閉じて、溜息をついた。
これがゴーヤのやりたかったことだろう。
生きる目的だったのかもしれない。
両親を殺され、妹が酷い目に合っていた。当然の報いかもしれない。
彼が長になれたのは、俺が手を貸したからだ。
今の状況は、間接的には、俺の責任でもある。
キムチがゴーヤたちの両親を殺したのは、長になったからだ。彼はその座から降りた。なので、今後も同じ過ちを犯すとは思えない。キムチの脅威は去っただろう。辛い労働をさせれば、その者の気持ちも理解できて、今後、また長となったとしても、理不尽な要求をしないかもしれない。真っ当な人間に戻るチャンスは、彼が長から降りたあの瞬間からの過ごし方によるだろう。
だから、殺すべきではないのではないか?
ただ、それはこの村の全てを知らない部外者の意見だ。それに、あの時、俺がゴーヤを止めても、彼は俺がいなくなった後で、キムチを殺しただろう。ゴーヤの目を見てわかった。
祭りは終わった。
村人たちは片付けに忙しそうだ。日が暮れてしまえば、外に出られないのだから、当然だろう。その様子をぼんやりと眺めていると、ゴーヤが近づいてきた。
「キムチのブルジが余っている。今は歩けないが、それを差し出すので約束を守ったことにはならないか?」彼は言った。
「歩けないなら、持ち運べないから困る」俺は答えた。
「今日の夜には治っているだろう」
「あんなに深い傷がか?」俺は驚いた。
「ああ」
「そうか。それなら構わない」
「ありがとう」ゴーヤは笑顔で手を差し出した。
「ブルジを貰ったのは俺だ」
「違う。シトのお陰で長になれた」
「……そうか」
差し出された右手を握るべきか、悩んだ後に答えは出た。