第二章 15
結局、ダンのブルジが行方不明になったと結論付けられた。
村人の誰もが、自分のブルジがいなくなったと、主張しなかったからだ。そうせざるを得ないだろう。会議は解散され、日常に戻るように指示があった。明日は祭りがあるから、その準備も忙しいようだ。
ゴーヤが休憩の為に川に水を飲みに行った時に、彼に接触した。周りには誰もいない。
「ブルジが殺されて、川に隠した後、手綱を二回交換してた。あれはなんでだ?」俺は彼にきいた。
ゴーヤは、汗をかいている。川の水を掬って、それを頭に掛けて冷却しているようだ。
「それは言えない」彼は真剣な表情で答えた。
「殺されていたのは、ダンのブルジじゃないんだろ?」
「ああ」彼は頷く。
「そもそも、なんで隠したんだ?」
彼は無言でこちらを見た。そして、首を左右に振った。
「ならこれだけ、ゴーヤは殺しには関与していないよな?」
「ああ。していない。それは確かだ」
「言えない理由はなんだ?」
「ブルブル様が見ている。口にすれば、災いが起こる」
「フリーマンとは、どんな関係なんだ?」
「彼は俺の祖父だ」ゴーヤはそう言って、特訓に戻った。
………。
ゴーヤの両親は、既にいないそうだ。彼の父親は、彼が産まれる前には行方不明だった。たしか、キムチの兄とゴーヤの母は結ばれている。でも、キムチとフリーマンは、親子関係ではないので、ゴーヤの母親が、フリーマンの娘なのだろう。だから、フリーマンとゴーヤは、同じツルツルに加工された手綱を持っていた。
そして、ゴーヤの父親は、既に行方不明となっている。
今は生きているのだろうか?死んだのなら、行方不明とは言わないだろう。たぶん、この村から出て行ったのではないか?
北エリアは、既に慌ただしい。ブルジたちは、祭りの準備で追い出されて、さらに北側に移動している。集団全体が、そのまま移動しただけだ。柵もないから、移動は簡単だろう。
この後は、チェコの家に呼ばれて、美味しい食事を食べて、気まずい時間を過ごすのだろうか。同じように外に出て野宿でもいいが、彼女が手を出さないと言ったなら、それくらいは信じてもいい。それでも野宿をしたのなら、彼女に対する侮辱に値するだろう。
嫌いなわけじゃない。寧ろ、好感が持てる。知的で素敵な女性だろう。なのに、この村の見えない力のせいで、染まってしまった。清純な女性が好きなわけじゃない。過去の経験人数などは、あまり気にしないと思う。でも、思考までもが、諦めてしまっている。それが、悲しい。
ゴーヤは立派な村の青年だろう。チェコだって立派な村の娘だ。そのまま立派な村の大人になって、死ぬまで生きるのだろう。
それが不幸だとは思わない。同情もしない。それは、失礼なのではないか?でも、やるせなさがあった。生まれた場所のせいで、自由を制限されているからだ。ポケットに手を入れる。
溜息。
………?
指先に触れるもの。
…………。
…………。
言えない、のか。
それはつまり……。
でも、だとすれば、ゴーヤの父親は?
……そう。
彼女は、そう言っていたではないか?
だから、彼女は苦しんでいたのだろう。
一頭のブルジ。
肉を削られ続けるブルジが、自分だと言ったのだ。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
でも、まだ、謎は残っている。




