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第二章 6

 

「このブルジを隠そう」ゴーヤは焦点が定まらないまま言った。その声には焦りが混じり、少し上擦っている。

「隠す?なんで?」俺はきいた。

 これは、どう考えても人為的な行いだ。誰かが、ゴーヤのブルジを殺したのだろう。昨日は、夕方の日が暮れる直前まで、ゴーヤが特訓していた。そして、今日は、日が昇ってすぐにここにきた。日が落ちてからは、外に出られないはずなのに、それを破った人物がいる。そいつが犯人だろう。

 むしろ、隠さずにこの現状を訴えれば、問題は簡単に解決するのではないか?

「このままだと、大変なことになる」彼の息が上がっている。

「落ち着け。そもそもこんなデカい生き物をどうやって運ぶ?どこに隠す?」

「川の中に沈める」彼は周りを見渡してから答えた。

「川?百メートルはあるぞ?それに、死体は浮かぶんじゃないのか?」

「運ぶ方法ならある。でも、一人じゃ無理だ。手伝ってくれ」彼の目は血走っている。とても、正気の沙汰に見えない。

「どうやって?」俺はきいた。

 ブルジの体重は一トン近くあるんじゃないか?

「ブルジの背に乗せれば運べる。時間がない」彼は答えた。

 ああ。なるほど。ブルジの積載量は一トンで、そのまま運べるのか。でも、ブルジの背中は、二メートルほどの高さだ。とてもじゃないが、持ち上げらえないだろう。

 ゴーヤは一人で歯を食いしばり、ブルジを持ち上げようとしている。ただ、持ち上がる予兆すらない。パフォーマンスとして、それに加勢した。もしかしたら、ブルジの骨がスカスカで、実も詰まっていない可能性もある。ただ、触れただけでわかったが、ブルジはやはり、一トン以上はあるだろう。

 俺は周りを見渡した。地面には血痕がある。その色が少しだけ不思議だった。

「おい。この場所ってなにか特別なのか?」俺はきいた。

「はっ?」彼は焦りからか、滝のような汗を流している。

「地面に古い血も混ざっているように見える。それとも、ブルジの血は全部こうなのか?」

「この辺で、メスのブルジの肉を貰っている」彼は答えた。

 やっぱり。思った通りだ。明らかに乾いた血痕も混ざっていたからだ。

「このブルジを斬り刻んだら、持ち運べるがどうする?」俺は刀に右手を掛けた。

 彼は両目を見開き、息を呑んだ。

「それだ。すぐにナイフを持ってくる」彼は立ち上がった。

「それだと時間が掛かる。俺がやろうか?」

「できるのか?」

「ああ」

「頼む」

「わかった」

 俺は刀を抜いた。

 そして、横たわるブルジの脚を斬った。

『ドライバッテリィチープハート』は、魔術師としての固有能力だ。

 俺が刃物を手にした時、指定した対象はなんでも斬れる。今のところ、例外はない。

 これはギアが関係なく、俺自身に備わる能力だ。一部の魔術師は、長い鍛錬の末、こうした固有のスキルを手に入れる。同じ能力は発現しないようだ。コドクノシロでも、様々な能力があった。魔術師は、魔術とこの能力を使って戦う。

 だから、ギアのことを異能と呼んでいた。魔術師の戦いからは外れた力が異能だ。

 今回は『チープハート』を使った。

 ゆっくり刀を通しても、豆腐よりも柔らかく、皮も肉も骨も断ち切る。死後数時間は経過しているからか、血が吹き出すようなことはなかった。心臓が完全に停止して、さらに、殆どの血が、既に、首から流れていたのだろう。

 ゴーヤは、俺が斬った肉片を、片っ端からブルジの背中に乗せている。彼は必至な形相で、息は切れ、流れる汗を拭おうともしなかった。

 二頭のブルジの背中に、斬り刻んだ一頭を乗せた。

 ゴーヤは、ブルジの首に付いている手綱を手に取り、川まで歩いた。ブルジは、馬のように素直について行く。水辺まで辿り着いて、今度は肉片を全て降ろした。俺もその作業を手伝った。その間も、集落の方へ何度も視線を向けて、警戒していたが、人影すら見えなかった。

 ゴーヤは、服を脱いで、川の中に腰まで浸かり、水音を立てないようにゆっくりと肉片を捨てた。その時に、彼は完全に潜り、水中の岩かなにかで、肉片が浮かんでこないように細工をしていた。

 俺はブルジから地面に降ろす作業を、ゴーヤはそれを水中に沈める作業に徹した。話し合ったわけでもなく、自然と作業が分担されていた。

 そして、肉片を隠す作業が終わった。

 だが、今度は、肉片を降ろした時に地面に付着した血や、ブルジの背中の血を拭き取る作業をしなければならなかった。ただ、これは、水辺が近いこともあり、地面に付着した石や草は、そのまま川の中に捨てた。そして、ブルジの背中の汚れは、川の水で簡単に洗い流せた。

 川岸のブルジを、元の位置まで運んで、今度こそ終わったようだ。

 切断した場所も、新しい血痕はあるが、特別目立つわけでもない。ここは、血の痕がグラデーションのように残っている。もの凄く小さな細菌から見れば、ここには、血の地層があるのではないか?

 ゴーヤは、服を着た。髪はまだ濡れているが、水浴びをしたと言えば、言い訳になるだろう。

 これで、隠蔽工作は終了した。

 でも、謎は一つも解決していない。

 一体、誰がゴーヤのブルジを殺したのだろうか?

 順当に考えるなら、ゴーヤのライバルだろう。ライバルを蹴落とす行為の中では、これ以上はないように思える。優勝者が絶対的な権力を得るのなら、これくらいは起きて当然なのだろうか?ブルジは、神様が創った神聖な生き物じゃなかったのか?

 集落の方を見る。

 既に太陽は昇っているが、村はまだ、眠ったままに見えた。



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