第一章1
変わらない景色は、今日も続くようだ。
たぶん、北に進んでいる。コンパスを持っていないから、確認のしようがないし、この異世界にそんなものがあるのかもわからない。材料さえあれば作れそうだが、そもそも、北を指したところで、その先になにがあるのかもわからない。
太陽は東から昇り、南を通って西に沈んでいる。それは元の世界と同じだ。太陽は一つだけだし、月もある。
北に進んでいる理由は、眩しさで目を細める必要がないからだ。それと、この辺の大地は、元の世界でいうと、アフリカのサバンナに近い。もっと、酷い環境だが、草木を分類すると、サバンナに生えるような背が低くて細い広葉樹だ。北に向かったのは、元の世界の地図が頭の中にあるからだろう。そんな知識が、この異世界で通用するとは思えないが、地球が丸くて、太陽や月の動きが似ているなら、この世界でも、もう少し北に向かえば、マシな環境になるのではないだろうか?
そんな淡い期待がある。というより、そんな藁にも縋らないと、進むべき方向も定まらない。
自分は、この異世界のことを、なにも知らない。
今は、一人だ。
白い生地に青のラインが入ったジャケットを着ている。腰のベルトには、友人から授かった刀を帯びている。水を入れていた植物の容器は、とっくに空だ。食事は二日前からなにも口にしていない。生き物なんて、一週間前から見ていない。
あるのは、乾いた大地に、根の短い草と、疎らに生えた背の低い広葉樹。広葉樹は花も咲かずに、実もならない。葉は十分にあるが、苦くて食べられたものじゃない。それに、口に含むと軽い痺れもあった。だから、植物が生えていても、動物がいないのだろう。
つまり、ここはサバンナよりも、もっと過酷な環境だ。
歩く時は、強くなることを考えている。
でも、空腹の時は、食事のことばかりが脳の割合を占める。
例えば、ウニを最初に食べた人は偉大だ。あんな棘だらけの生物を割って、中から茶色の内蔵のようなものが出てきたって、食べようとは思わないだろう。匂いを嗅いだって、かなり臭いし、万人受けする味でもない。安全で高級で美味しいと知っているから、食べられるけど、初めて口にした人は、それが食べられるものだと、どうして思ったのだろう?
他にも、カボチャや玉ねぎだって、煮るなり焼くなりして、初めて美味しく食べられるが、初めに発見して口にしたって、硬くて食べられないか、辛くて食べられなかったはずだ。それを美味しく食べられるって、どうやって知ったのだろうか?米だってそうだ。あんな植物を発見したとしても、日本人の主食になるほど、素晴らしい可能性を秘めているなんて、思いもしないだろう。それこそ、田んぼを耕して大量に作る必要があるし、収穫から食べるまでに、手間も掛かる。米だけで特別美味しいわけでもないし、ジャガイモなどの方が主食としては一般的になりそうなものだ。
でも、今なら、そんな疑問の答えがわかる気がする。
初めにウニを食べた人も、カボチャや玉ねぎが美味しいと発見した人も、米を主食とした原動力もわかる。
唐辛子を食べた人の気持ちだってわかる。あんな辛いだけの実を口にして、それが食べられると判断した理由だってわかる。
それは簡単な理由だ。
罪人が人体実験にされていたわけではなく、宇宙からの特殊な電波によって理解したわけでもなく、人間の本能が知っていたわけでもない。
それらを口にした人は、空腹だったんだ。
とにかく、空腹で、空腹で、空腹だった。だから、口にしたんだろう。なんでもいい。この空腹を満たせるなら、どんな見た目でも、辛くても、硬くても、不味くても、手間が掛かっても、なんでもいい。米が安定して生産できるなら、どんな労力だって厭わない。
その結果、空腹から解放されるのだから。
視界に映る植物は、考え得る全ての方法を使って、口にした。その結果、食べられないと判断した。
広葉樹の葉をすり潰して、水に溶かして、飲み込んでみても、腹痛と悪寒に襲われるだけで、栄養になっている気がしない。摂取カロリィよりも、体力を奪われることによる消費カロリィの方が大きいだろう。
根っこの部分を齧ったが、繊維質で硬く、飲み込めなかった。水でふやかして、柔らかくしても、結果は同じだ。樹液も無ければ、虫も寄り付かない。
無駄な植物だ。世界の理から外れている。食物連鎖という言葉を、この広葉樹に教えてやりたい。そもそも、もっと密集して生い茂れ。樹が高く生えるのは、他の植物よりも日光を多く浴びる為だし、広く枝を伸ばすのは、その範囲を広げる為だ。自分よりも高い樹によって日光を遮られたなら、その植物は枯れるだろう。だから、植物は、気持ち悪いほど我先に生えている。ジャングルが不気味なのは、そのせいだろう。ここにある広葉樹は、疎らに生えているせいで、他と競争する必要がない。
植物のように生きると比喩があるが、自分の中での植物のイメージは、強かで、狡猾で、必死だ。どちらかというと、他人と比べて、人の悪口ばかりを言うおばさんみたいな気持ち悪さだ。なのに、ここにある名も知らぬ広葉樹は、大勢がイメージする植物のように生きている。唯一、役に立つのは、木陰として利用する時だけだ。
空腹と水分不足で、確実に弱っている。
そして、毎日変わらない景色だ。
南に五百キロほど戻れば、十分な水場があった。そこから離れるほど、水場は少なくなった。北に進んだのは間違いだったのだろうか?
でも、今更戻るには、失うものが大きい。主に、時間と体力だが。折角、ここまで歩いてきたのだ。それが全て無駄になる。戻ったところで、安定した水場があるだけで、十分な食事ができるわけではない。だから、歩いてきたのだ。
行く当てもないのに。
でも、目的はある。
それは、水場や食料だけではない。
もっと、人間らしい目的だ。
初めに異世界にきた時、コドクノシロという壁の中にいた。そこでは、百人の子どもたちが集団生活を送っていた。今、持っている刀も、そこにいたエリックという友人から譲り受けた刀だ。コドクノシロは、敵の襲撃に遭い、崩壊した。
友人とも離れ離れになった。
彼女らを見つけなければならない。
そして、その原因となった敵に勝つだけの強さも手に入れなければ。
そう。
強くなる必要がある。
それが生きる目的だろう。
でも、その為にも、今は水と食料だ。
溜息。
人生は複雑だ。
……もしかして、シンプルなのだろうか?