“Benevolence ”
穏やかな気候な草原を一台のバギーに乗った兵士と少女がいた。全く代わり映えのしない景色に飽きることなく少女は心地よい風を肌で感じながら見ていた。
やがて地平線の向こうに真っ白な塔が見え、少女が興味を持った。兵士はそれが何なのか確かめる為に速度を少し速めた。
近づいて行くに連れて全貌が明らかになり、教会のような建物がぽつんと立っていた。建物から少し離れた所には川が流れており、水車小屋もある。小屋に近づいてみれば耕された土があった。今は何も生えてないが、綺麗に手入れされたそこは人がいることを示していた。しかしバギーの駆動音を聞けば様子を見るために窓から覗いたりするが小屋からも教会からも人影は見えない。兵士は拳銃に弾を込めて回りに怪しい物が無いか一通り確認すると小屋の扉に手をかける。抵抗もなく開き、中には保存された食料があるだけだった。
次に教会の中を窺って見ると修道服を着た女性が一人、椅子に座り読書をしていた。バギーの音に気付かない程に集中しているようだった。
音を起てて開くドアをくぐると窓から見たより重く、全てを圧倒する空気に満ちていた。ステンドグラスを通して入ってくる光は、さらに場の空気を重くしている。そんな圧倒的な空気の中で読書をしている女性はドアの音に気付かず、活字の世界に入っている。
「すみません」
「……」
兵士が声をかけるが気付かずに頁を捲る。
「あの…」
「……」
少女が申し訳なさそうに声をかけても女性は二人を見向きもしない。
「…あのッ!」
「ふぇ!?」
少女が耳元で大きな声を出し、女性はやっと反応した。
「すみません。私、読書し始めると周りが見えなくなって…」
落ち着きを取り戻したミカと名乗る修道女に案内され、二人は執務室でお茶を飲んでいた。
「それで、こんな所にいったい何の用事が?」
改めて兵士はミカを観察してみた。身長は少女より少し高いぐらい、顔にはメガネとそばかす、ここら辺の国では、まず見ることのない真っ黒な髪と瞳。そして腰にはリボルバータイプの拳銃が下げられている。
「私達は旅の途中で立ち寄ったのです」
「そうなんですか。ところでお二人は兄妹なのですか?」
ゆるい雰囲気を出しながら尋ねるミカに二人は顔を見合わせて吹き出してしまった。
「私達は偶然知り合っただけです」
久しぶりに人と話す機会なので夕食でもと誘われ少女は料理の手伝いを、兵士は散歩をしていた。
辺りを見渡せば遮蔽物のない土地にポツンと建っている協会。一人で手入れするには少し大きい畑、遠くの山から流れてきている川。
人が住める環境ではあるが少し気になることがあった。
一体彼女はいつからここで生活を始めたのだろうか。久しぶりと言っていたことから一年は経っているしれないが、それまで自分達みたいな旅人に会うことは無かったのか。
そんな疑問は少女の呼び声によって頭の片隅に置かれた。
夜は賊が出るからと引き留めるミカに兵士と少女は折角だからとその言葉に甘えることにした。
「久し振りのベッドですね」
ベッドに腰をかけて嬉しそうに足をパタパタとする少女と対象的に毛布をかぶり寝る体制になっている兵士。そのうち、兵士が返事をしてくれないのに気づき少女もランプの灯りを消し眠った。
少女が安らかな寝息をたてているのを確認して兵士は懐中電灯を手に部屋を出る。そして迷いなく外に出るとそこにいた人物に話かけた。
「神に仕える人間が人殺しをしていいんですか?」
アーミーナイフを手に地に伏している人間を見下ろすミカは振り向くこともせず言葉を返す。
「これは慈悲です」
顔を上げて感情のない声で返答するミカの前に兵士は周りこみ、懐中電灯の電源を落とす。
「私は彼が間違いを犯す前に神の元に送ってあげただけです」
「俺は貴女の考えを理解しようとは思いません。ですが」
そこで振り向き、一発だけ発砲する。弾は近づいていた男を貫通し、一生立てなくした。
「死ぬのは嫌だし、あの娘を守りたいんだけど俺の行為は許されるのか?」
「力なき正義は理想、理念なき正義は欺瞞です」
「そうですか」
「もう行ってしまうんですか?」
次の日、朝早くに兵士と少女は旅の続きに戻ることにした。せめて朝食をと言うミカの誘いを断り、水と燃料だけを貰って二人は教会を後にした。