『第5回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品
暖炉の火が消えないように
ああ、寒い。
私はここで死ぬのだろう。
ざっくざっくざっく
小気味よく雪を踏みしめる音が聞こえる。
私はゆっくりと目を閉じ――――
「大丈夫かい? 怪我しているじゃないか」
雪山で動けなくなっていた私を男の人が抱き上げて運んで行く。
食べられてしまうのかな? どうせ死ぬならそれでも構わない。
優しそうな瞳にそう思った。
「ごめんな。実は俺も遭難しててさ」
照れくさそうに笑う彼。笑っている場合じゃないですが。
私は翼を使って指し示す。たしか向こうに山小屋があったはず。
「ありがとう。お前のおかげで助かったよ」
良かった、お役に立てて嬉しいです。
「参ったな……見事に何も無いじゃないか」
山小屋の中には長ソファーと暖炉があるだけで、薪も食料もない。古いくたびれた毛布が一枚あるだけ。
「ごめんな、痛かったら教えてくれよ」
濡れた服を脱いで毛布にくるまった彼は私をそっと抱きしめる。
私は分厚い羽毛があるし水を弾くからそれほど寒くはない。
「お前は温かいね」
そう言って微笑む彼の姿に心の奥がきゅっと熱くなる。
痛みはあるけれどそんなもの気にならない。少しでも熱を届けたくて大きな翼で彼をしっかりと抱きしめる。
夜中、彼の体温がどんどん下がってゆく。
駄目だ、このままじゃ死んでしまう。
私は生まれた時から独りぼっちだった。
両親の顔も知らず兄妹もいなかった。
他の鳥たちからも仲間外れにされてずっと独りで生きてきた。
でも、そんな私にアナタは優しくしてくれた。助けようとしてくれた。
私に温かい心をくれた。
だから死なせたくない。
お願いカミサマ。私の命を差し上げますから、どうか彼を助ける力を下さい。
心臓が熱くなる。全身が燃えるように熱い。
「う……朝か。俺は助かったのか?」
部屋の中がなぜか温かい。毛布の中には鳥の姿はなかった。
「暖炉に火が? 一体どうして……」
濡れた服もすっかり乾いている。不思議なこともあるものだと出発の身支度を整える。
気になっているのは怪我をした鳥の行方だ。アイツがいなければ俺は多分助からなかった。
「……馬鹿野郎……お前……お前が……助けてくれたのか」
暖炉の前に残った一枚の羽根を抱きしめる。
身を焦がし灰になって熱かっただろ?
ごめんな、助けてやれなくて。
男は泣いた。まだ温かさの残る灰は昨夜感じた熱と同じで。
零れ落ちた涙が灰を濡らす。
灰が再び炎を上げる。
炎は美しい鳥の姿となった。
灰となって再び蘇る。
伝説は云う、ゆえに不死鳥と。