蒸気と電脳の鍵
「姉ちゃんコレ見て!」
弟の英和が自分で作った義手を私に見せてくる。なめらかに動く関節と肉感のある指先、本物の肌だと言われても遜色ないほどの質感の腕。
「すげーじゃん英和! 姉ちゃんがサイボーグになったら、アンタが私の武器とかパーツ作ってよ」
私が笑いながら言うと、弟は自慢げに何枚もの設計図を見せてきた。そこに書いてあった物は、白い義手や義足と7つの武器、そして赤青2つの歯車。
「そう言われると思ってもう考えてあるもんねー。極めつけはこの歯車なんだけど〜……」
熱く語る弟を横目に、私は自身のか弱い腕を見ていた。
――金建ラボ――
「ナルナナ……」
瞬きをした次の瞬間、私は知らない天井に向け白い義手を伸ばしていた。首を回して当たりを見ると、左側には肉体の医療道具と木製のドア、右側にはサイボーグ部の修理用工具と白い壁。布団にくるまっている私にはゲロや尿は綺麗に無くなり、母にそっくりの白金の髪が綺麗に手入れされていた。
「ナルナナさん、セクシーな身体してるとは思ってましたがスゴいですね」
胸の辺りでジェスチャーをしている金建がそばに近寄ってきた。
「バカ、死にたいのか?」
いくらサイボーグとはいえ、生身の肢体を見られるのはとても恥ずかしい。しかし、ぶっ倒れて介抱してくれたのは間違いなく彼だ。多少なりとも感謝はある。
上半身を起こすと身体のあちこちが痛かった。特に、オリジンギアをはめ込んだ脊髄の周りや手足の筋金属がとても痛い。
「ナルナナさんに外傷は見られませんでした。バイタルもとても安定していていますが、肉体やパーツの内側には何かしら異常はあるでしょう」
英和や金建のような技術者は、サイボーグ部の事をパーツと呼ぶ。腕パーツや足パーツなど、身体の部位によって呼び方も変えているようだ。
パーツの痛みの原因は十中八九オリジンギアだが、療養するにも金がいる。このままタダで療養すれば、ほぼ無一文な私は金建の世話になりっぱなしになる。
「なぁ金建、身元不明の私が稼げる仕事ってあるか?」
「僕に気を使ってくれているなら全然大丈夫ですよ。僕としてはお金より手伝いをして欲しいので」
私の考えは見透かされていたようだった。
彼は私に栄養ドリンクとおにぎり、そして2枚の紙を渡してきた。紙は2枚とも、なにかの生物の見た目と名前、そして特徴や注意なんかが記載されていた。
「1枚目のは『スチームパンク』。化石燃料の蒸気機関で動くサイボーグで、鉄と歯車がむき出しの身体が特徴的です」
シルエットは猿や人と遜色ないが、スチームパンクというサイボーグはとても機械的な見た目をしている。顔や手足はもちろん、胴や武装、全てが時計のように精密な機械の連続で出来ている。
「2枚目のは『サイバーパンク』。脳までもが金属で出来ている完全なロボットですが、AIではなく人間がロボットに改造されています」
滑らかな青白い曲線の体を持つサイバーパンクというロボットは、スチームパンクとは真逆でとても人間らしい形をしている。だが色合いや武装に人間らしさは感じず、AIでもないから逆に不気味だ。
「ナルナナさんにはまず、この2種の怪物を討伐して回収してほしいのです」
そう言うと金建が手を差し出してきた。握手を交わせば、墓場での約束もより強固で、途中で辞めれないものになるだろうと私は思った。
しかし、私には私なりの目的がある。そのためには彼の協力が必要だ。
「分かった」
私は彼と握手を交わした。もう片方の手に持つ、『鍵』と端に書かれている2枚の紙を握りながら。