墓前の空想
ギアは『六速・ライジングドライブ』に入り私の意識と身体は超加速する。銃を持った男が引き金を引くより先に起き上がり、チェンソーを持った男が斬りつける前に跳躍した。路地の建物の屋根に登り、彼らが豆にも満たない大きさになるまで逃げ続けた。
帰る場所も、ゆく宛も、頼れる人間も、私には何も無い。指名手配されているから公共施設は利用できず、街中は誰に見られて狙われているか分からない。
ズキッ――
「うっ……、うぷ…………おえぇぇ!」
逃げながらぼんやりと自分のこれからについて考えていたその時、突如として激しい頭痛と嘔吐が私を襲った。首元が焼けるように灼く、脳を掻き回されているかのような痛みと違和感がとても不愉快だった。
オリジンギアの変速で人体に負荷をかけ過ぎた反動だろうか。思うように身体が動かず、義足と義手の動きも鈍い。筋肉は痙攣し、失禁もしてしまった。
しかし私には、ゲロを吐こうが小便を漏らそうが、やらなければならない事があった。
(着いた……)
私が逃げながら向かっていた場所は弟の墓場だった。街は鉄に囲まれても、電波と人とサイボーグが行き来していても、死んだ人間を土に埋めるという文化に変化は無い。
華も線香も供え物も無いが、オリジンギアをはめてしまった以上はこの土地から離れてすべき事を探さなければならない。そのため眠る弟に別れを言いに私はここまで来た。
私は両手をそっと重ね目を瞑り、言葉を発さない弟の目の前で彼の願いを強く心に留めた。
(『英和』、姉ちゃん絶対あんたの発明を戦争の道具になんかさせないから。あんたがよく言ってた通り、ギアぶん回して頑張るから。)
墓を見下ろし空を見上げ、先に逝ってしまった姉不幸な弟を想うと、こんなにも辛く胸が潰される気持ちになるのかと改めて思った。
哀愁を誘う墓前に背を向けると、体調不良で鈍った感覚では捉えられなかった人影が姿を現した。
「こんばんは『成七』さん。いや、今はナルナナさんでしたか。僕の事覚えていますか?」
そこに居た男はよく知っていた。彼は身長1.7メートル程の細身で生身の技術者で、黒い短髪と南京錠のネクタイがトレードマークであり弟の好敵手だった。彼らは共に高め合い共に友情を育んでいた。
「覚えてるよ『金建』。あんたも私を、オリジンギアを狙ってんだろ?」
弟の好敵手だからと言って100パーセント信用はできない。逆に、弟の好敵手だからこそオリジンギアを狙う理由もある。
自身の及ばなかった考えや技術をオリジンギアに見い出し、オリジンギアよりも更に広く恐ろしく名を轟かせる物を作り出してしまうかもしれない。
そんな杞憂をあれこれ巡らせるが、そんな事など露も知らない金建はズバッと私に話を持ちかけてきた。
「食いぶちも帰る所もないでしょうナルナナさん。しばらくは僕の研究所で匿ってあげます。その代わり……」
やはりオリジンギアを狙っていた。私の今の状況を分析し、私の生命維持を引き換えにしてきたのだ。だから金建が急に命を狙うとは少し考えにくいが、可能性が無いとは言いきれない。
私がその提案を断ろうとした時、彼から出た次の言葉は私の言葉を詰まらせた。
「ナルナナさん、抱かせてください」