上がり続ける鼓動
オリジンギアの変速を六速へ切り替える。私の体からはギリギリと金属の擦れる音が響き、脳が冴えていく感覚が全身にじんわり広がる。
大量に降り注ぐ雨が段々とゆっくり落ち、正面から飛んでくる弾丸は勢いを失ってきた。ように見える。
『六速・ライジングドライブ』は、言ってしまえば超加速を人体にもたらす。思考、動体視力、鼓動、運動。その全てが加速され、体感速度が通常の10分の1にまで下がる。1秒が10秒に、6秒が1分に、1分が10分に。
行動も通常の10倍で動くことができ、ライフルの射程距離に居る特殊部隊との距離も文字通り1瞬で詰めることが出来る。
「き………………さ………………ま………………あ………………!」
私の耳に拡声器から出てくる、大きて低く長い声がまとわりつく。
私は8人いる特殊部隊を全て小突いてはね飛ばし、拡声器を奪い取って投げ捨てた。そしてリーダー格の人間に背中の剣を突きつけオリジンギアの六速を解除した。
低く断続的に聞こえていた雨音が元の音に戻り、小突かれた部隊員は全員尻もちを着いている。
「私の弟は不出来じゃない。訂正しろ」
男は両手を上げる。すかさず地面に座っている他の部隊員は私に銃を向けるが、男は銃を下ろすよう彼らに指示をする。
空から降り注ぐ雨が一段と強くなり、地面に弾ける雨音が激しくなってきた。落雷の音も近くに落ちるような音が増え、空気と地面が痺れる。
「今は退く。だが絶対に日本は貴様を殺すぞ」
男は上げていた両手を下ろした。私も退くという男の言葉を信じて剣を収める。しかし私はかすかに気がついていた。
この雨音のどこかに潜む伏兵に。
ヒュッ――
音は極小さいが確かに聞こえ、そして足を撃たれた。
「くっ……」
傷口はそれほど大きくない。特殊部隊の持っているアサルトライフルの弾丸ではなく、ハンドガンやサブマシンガンのような小さい弾丸で撃たれたようだった。
片膝を着いてしまった私を見て目の前のリーダー格の男は少し驚いたような顔をしながらも、ここがチャンスと言わんばかりに、部隊員へ私を取り押さえるよう指示した。
ヒュッ――
ヒュッ――
5、6発放たれた不可視の弾丸は私を取り囲む特殊部隊の首元を正確に撃ち抜き倒した。本来サイボーグの身体に小さい弾丸は効かないが、倒れた特殊部隊のサイボーグには、人体では貫通してしまうような鋭い弾丸が金属の首に撃ち込まれていた。
「!? 仲間がいやがったのか!」
特殊部隊は私の確保を中断し物陰に隠れるようにして退いて行った。轟々と降り注ぐ雨と落雷をBGMにてサイレンサーを使った伏兵を相手にするのは、オリジンギアになれていない私では不可能に近い。
私もここは確実に逃げておきたいと思い、私は撃たれる事を覚悟してセブンスギアを握ったまま死んだふりをする事にした。
特殊部隊が驚き、そして私をも撃ったという事は、日本政府でも私の味方でもない。オリジンギアを狙っている第3勢力の可能性が高く、入り組んだこの鉄の街で逃げている私を見つけるほどの諜報力も持っているという事だ。
「死んでンのか?」
「容易に近寄るな。オリジンギアをハメ込んじまったら生きて回収しろって言われてるだろ、逃げられないようにまず足を斬れ」
ヴイイィィィィン――
近寄ってきたのは男2人だった。薄く目を開けると両方スーツ姿の人間の男が立っていて、片方はサイレンサーの付いたハンドガンを構え、もう片方はチェンソーを吹かしていた。
銃は常に私の眉間を狙い、吹かされたチェンソーは段々と私の両足に迫っていた。
足を切られるぐらいどうって事ない。しかし、逃げられない状態でオリジンギアを守るのはとても難しい。死んだふりをしたここからなら、銃を持つ男の気が少しでもそれれば逃げる事ができるだろう。
ギリギリ――
脊髄のオリジンギアが徐々に回り出した。私の意思に呼応するように回転は増し、金属と金属が擦れる。
摩擦と回転の音が銃を持つ男に聞こえていたのか、その男はチラリとチェンソーを持っている男の方を向き指示を出す。
「早く斬れ!」
その一瞬、たった一瞬を突き、私は変速する。