戦場の盲目的正義③
――サイバーパンクの過去――
彼は日本特殊部隊の『起・承・転・結』の転に居た。一般人扱いは約束されている地位で、彼含め4人いる家族と生活をするのに苦労はしなかった。
しかし戦地で立つ場所は結のひとつ後方。身を晒し、己が国のため武器を握るのには変わりない。
彼の帰りを待つ家族はいつも祈っていた。西洋から五体満足で戻り、彼が笑顔で自分たちの前に現れてくれる事を。
しかし、それは叶わぬ祈りとなったのだ。
「調子はどうだい、『サイバーパンク』」
「ナゼ、オレハ生キテル……」
戦地で彼は人体に多大なダメージを負った。四肢は欠損し顔も抉れ、しまいには、露出した肋骨からトクトクと動く心臓が見える程の死の淵にいた。
「国ノタメ、家族ノタメ、自分ナリノ正義ヲ持ッテ死ンダノニ!」
彼は悲しみ、落ち込み、怒り、恨んだ。目の前にいる、くっきり顔も見えないその男を。
「6番目である君に必要なのは『口』だけだ。その苦悩を噛み締めて、再び国と家族の為に頑張ってくれ」
そうして彼は幾度となく実験された。耐衝、耐雷、耐火、耐水、耐氷、耐塵。ありとあらゆる外的刺激からの耐性実験を経て、彼の心はさらに疲弊していく。
彼がサイバーパンクとなって数週間が経ったある日、彼の心にさらに追い打ちをかけるような出来事が起こった。
「訃報だサイバーパンク。君の元家族だった妻と子供2人死んでしまったらしい」
その知らせを聞いた彼は最初、何度も聞き返した。何かの間違いじゃないのか、本当に自分の家族なのか、その訃報は真実なのか。
しかし現実は彼に非情だった。生きる事を強制させられ、自分の正義も通せず、自分の居場所も消えてしまった。そんな彼は歯が欠けるほど苦悩を噛み締め、まさに絶望と呼ぶにふさわしい感情が渦巻く。
彼は強く願った。『過去に戻りたい』と。
ギリギリ――
そんな彼の願いに呼応するかのように、脳に埋め込まれた青い歯車が動き出した。
「速さは時間を超えるが、個人の時間は先に進むだけで前には戻らない。その速さは、過去に戻りたいと願うお前が発現させた、過去を体感するギアだ」
顔の分からない男はサイバーパンクへそう教えた。深い悲しみと絶望が彼を襲う中言われたその話は、この時の彼には理解が出来なかった。
「死ニタイ……」
サイバーパンクは呟く。
「探せサイバーパンク。お前を殺し、過去に打ち勝ち、未来を見据えて己の正義をかざす者を」
こうしてサイバーパンクは再び戦場へと駆り出された。自身を殺せる人間を探すため、ただそれだけのため、盲目的に戦場を駆けた。
――現在――
ギリギリ――!
私の刃がサイバーパンクの首へ到達する直前、再びヤツから歯車の擦れ回る音が鳴り響く。そしてビームサーベルを再展開し、左手で顔についた泥を拭った。
「コレハ『死』ジャナイ!」
サイバーパンクは握ったビームサーベルを、あろう事か自分の左手へ突き刺した。左手は溶解していき、だんだんと腕の内部にまでビームの刃が伸びていく。
ヤツの異様な行為に少し身を引いてしまい、トドメを刺さずに距離を置いてしまった。
ヤツのとても綺麗な口は、激痛に耐えるかのような苦しみを口の形で訴える。
「イタイ、ダガ、アノ時二比ベレバ……ッ!」
やがてサイバーパンクの左腕はドロドロに溶けてしまった。私にはヤツが何を考えているかさっぱり分からない。しかし、意味も無く自分の左腕を壊すやつなどどこにもいない。
私は警戒しながらもトドメを刺そうと、ヤツへ走り出したその時だった。
「換装ダ」
サイバーパンクが一言話した。するとどこからか風切り音が聞こえてきた。その風切り音はこちらへ段々と近づいてくるように聞こえる。
私とサイバーパンクは六速に変速中なのにも関わらず、その風切り音はとんでもない勢いで近づいてきていると直感した。
「何したテメェ!」
否応なしに私は橙短剣をヤツへ伸ばした。
ドゴォンッ――!!
突如サイバーパンクは空へ跳んだ。ヤツは地面を有り得ない力で蹴り、その反動で土煙と土や泥がゆっくりと宙へ舞う。
私がいくらサイボーグでもそこまでの出力は無い。ここでようやく、ヤツが怪物と呼ばれている所以を体感した。
サイバーパンクが空へ跳んでから3秒もしない内に、再び地へとヤツは戻ってきた。
「今度コソ、オレヲ殺シテクレ」
無くなったはずのサイバーパンクの青白い左腕は赤黒い左腕となっており、その腕からは様々な武器の持ち手が顔を覗かせていた。