原初の歯車
――20XX年6月14日東京――
第X次世界大戦がヨーロッパを舞台に勃発していた。平和大国の日本からも徴兵義務が生じ、ジェンダーレスを逆手にとった世界各国は男女関係無く戦場に人間を投入した。
それに伴い、日本人の8割ほどは戦力増強のためサイボーグへと強化されていった。
鉄にしたたる土砂降りの雨の中、路地裏にまで響く落雷の轟音が耳を破り、鳴り止まぬサイレンと赤い警告灯の数々が鉄の街を照らす。
「居たぞ追え!」
私が『オリジンギア』を盗んで1週間が経った。弟は死に、両親は私を追い出し、私はゆくあても無く鉄の街をさまよっている。
「無駄な抵抗はやめろ! 大人しく返せば無期懲役だ。抵抗するなら射殺もやむを得んぞ!」
拡声器で喋る部隊の人間は狭い路地に部下を次々と突入させる。部下のほとんどはサイボーグで、鉄と鉄の干渉する音が辺りを巡る。
私はこのオリジンギアを使って争いをしたくない。だから今私を追うものから逃げている。
「それがどんなものか分かっているのか!」
オリジンギアはサイボーグに危険な追加機能を組み込める禁忌の歯車だ。全6種類の機能をサイボーグに追加出来る歯車は、脳に近い部分を機械にしているサイボーグなら誰でも使用が可能で、使い方次第では瀕死の人間も超回復させることが出来る。
そんな夢の歯車がなぜ禁忌として知られ、盗んだ私の命が狙われているか。
それはこのオリジンギアの最大の長所にして短所である全6種類の追加機能だ。
それぞれの機能にはメリットとデメリットが存在し、中でも特に危険視されているのが『三速・ウェブリンク』。自分の意識をインターネットという広大な場へコンバートさせ、早急な知識習得やブロック外からのハッキングなどを可能にする。
こんな事ができてしまえば、各国の機密情報や戦場などを容易に操れてしまう。
「射線上に対象補足。射撃許可を」
「あぁ」
ババババン!――
黒く冷たい特殊部隊のサイボーグ達はアサルトライフルで私のマントの端を撃ち抜く。拡声器を持った人間は射撃をやめさせ、私に話しかけてきた。
「初めて姿を見せたな。窃盗、器物破損及び国家転覆罪の『ナルナナ』」
私は脊髄から背骨、右肩から右指先、左肘から左指先、両膝から両つま先が白い金属で構成されている。身体の前面と恥部、太ももは生身のため装甲を装備し、口元にはサイバーマスクをしている。
母から貰った白金の髪の毛は今や泥にまみれ、顔も汚れてしまっている。しかし唯一メンテナンスを欠かしていない物がある。
「お前の武装は分かっている。こんな時代に不相応な背中の剣だろ。この部隊に対して全く無力だな」
自分よりも大切なこの剣は弟が私のために作ってくれた『セブンスギア』という武器だ。オリジンギアの駆動に呼応して形が変形する。
ただしこれは人殺しの道具ではなく、外敵からの抑止力として使って欲しいと弟に言われていた。だからオリジンギアを手に入れた今でも殺しに使うつもりは無い。
「貴様も死ぬ気かナルナナ。怪物やオリジンギアを作った貴様の不出来な弟のように!」
拡声器で喋る特殊部隊の人間は、私の最もはらわたが煮え繰り返る言葉を口にした。
「テメェ!」
この1週間、逃げて耐えて避け続けた特殊部隊だが、私の逆鱗に触れたのは初めてだった。私はとんでもなく頭にキて彼らの方を振り返る。
7、8人が固まってこちらにアサルトライフルを向けていた。部下のサイボーグたちは指示があるまで私に弾丸を打ち込もうとせず、しかしいつでも引き金を引けるような状態だった。
「ここで死ぬかそいつを渡すか、3秒やる。決めろ」
男は指を3本立てカウントダウンを始めた。
「3」
私は初めからオリジンギアを渡すつもりなどない。
「2」
私の逆鱗に触れ、逃げるのも困難なこの状況。選択肢は1つだった。
「1」
私は懐から赤く煌めくオリジンギアを取り出す。
「ありがとう」
男は1歩前に出て手を伸ばしてきた。
そんな男の手を無視し、私は脊髄にオリジンギアを埋め込んだ。
「バカが。撃て」
男の人声で無数の弾丸の雨が私へ飛んできた。空からの雨粒と横からの鉛玉はお互いに交差し合い、私の目の前まで迫ってきた。
「『六速・ライジングドライブ』」
次の瞬間、私の視界の端から、青い蝶が飛んでいくのが見えた。