苦痛 エピソード2
「……ないな。『レメゲトン』は一冊もないな。これはマズイな」
アーネストは広いレファレンスルームの一角の椅子に腰掛けると、一息ついた。かれこれ三時間で全ての本を調べ上げた。
ヘレンは窓の外を覗いた。外は吹雪が止み代わりに真っ赤な血の雨が降りだしている。
両肩を擦って、ヘレンは不気味さも不吉な気持ちも抑えるのがやっとだった。
「ええ。まったくないわね。後で、モートに言っておくわ」
「ああ、そのほうがいい」
ヘレンはもはや不吉な気持ちの正体がありありと見えてきていた。
悪魔の偽王国の到来。
一瞬、そんな恐ろしい言葉が脳裏に写った。
激しく降るようになった血の雨はヘレンの不安を見事に抉るかのようだった。
「ねえ、アーネスト……」
「なんだい?」
「悪魔の偽王国とは一体なんなのかしら?」
「さあ、そのグリモワールを読んでみないとさっぱりわからんねえ」
「そう、そうよね。これから一体? 何が起こるのかしら?」
『その時がもうすぐ来るんだ』
ジョンの確かに言った言葉がヘレンの脳裏に蘇った。
それは、おおよそ人類にとって何かとてつもなく恐ろしいことのように思えた。
辺りの気温が急激に低下してきた。外の吹雪がどうやら本格的になりだしたようだ。
「お、おや! こりゃ今日は凄い吹雪になるなあ。ホワイトシティでも記録的だぞ」
「そうね。もう私は帰るわね」
「ああ、気をつけてな」