聖痕 エピソード2
空から何か大きなものが地へと落ちてくる。それは赤い色の塊だった。その次は多くの赤い水滴が降りだした。まるで空がガラスか何かで傷つけられたような光景だった。
ホワイトシティが一斉に血の雨で真っ赤になり出した。
激しい眩暈がしてきて卒倒しそうなアリスは聖パッセンジャービジョン大学の片隅で、モートの姿を見た。モートは一人。壁に寄り掛かり何かを熱心に読んでいたが、空を見上げて、どこかへと走り去っていった。
きっと、この地上へと再び降りたオーゼムのところだろう。
アリスは気を失う寸前に……そう思った。
――――
アリスは気を取り戻した。
目を開けて辺りを見回すと、目覚めた場所は、広大なサロンだった。サロンの壁面には13枚の美しい女性の絵画。30を超える高級な東洋の壺。みずみずしい花が飾られた花瓶が飾ってあった。
「やあ、アリス。もう大丈夫だよ」
背が高く流れるような銀髪のモートの抑揚のない声が上の方からした。
どうやら、アリスはサロンの端の簡易ソファに横になっているようだ。傍にモートとオーゼムが佇んでいた。
オーゼムはオールバックの黒色の髪で長身だった。
「一体、なんなのでしょう? この現象は? けれども、モート君が元凶の死人を狩ると空から血の雨は降らなくなったようです。まあ、また降って来るでしょうけどね」
「死人?」
「そうだと思います。死んだ人が動いていましたから……あ、そうそう。アリスさんの手首の傷は、どうやら鞭打ちのような聖痕で間違えないようですね」
「オーゼムさん。聖痕って一体なんなのです?」
アリスは不安からオーゼムに詰問気味に言ってしまった。
オーゼムはオールバックを整えながら、このサロンの壁画などを見回しながら。
「今のところまだわかりません……恐らくは……。あ! この女性の絵だけ他の絵よりも高価そうですね!」
アリスの肩にモートが優しく手を置いて抑揚のない声で言った。
「アリス。何も心配しなくていいだよ」
「……ええ、わかりました。ちょっとわからないところが多すぎますけど。モートがそう言ってくれるなら……」
オーゼムはアリスに向かって急にしんみりと言いだした。
パチリっとこのサロンの暖炉が弾けた。
「聖痕現象ですよ。これは新約聖書のガラテヤの手紙で聖パウロが聖痕をイエスの焼印と言われています。恐らくこれから何か大きなことが起きる前触れでしょうね。モート君。今日は私はもう帰ります。いやはや、今日は疲れましたねえ」
「ああ。ぼくは今夜は狩りをしてくるよ」
「そういえば、アリスさん。ここまでモート君があなたを運んでくれたのですよ。死人を狩り終えてから早々にあなたを探してね。聖パッセンジャービジョン大学中をくまなく探そうとした時。あなたは石階段の傍のベンチで横になっていました。シンクレアさんが介抱してくれていたんだそうです」
それを聞いてアリスはサロンの暖かさも相まって頬と目頭が熱くなった。
「本当にありがとう。モートもうなんともないです。私も今日は帰りますね」
「それは良かったよアリス。お休み……これから忙しくなるな……」
暖房の行き届いたサロンで、モートはアリスたちと別れてから独り言を呟いていた。