はじめてのおつかい
社会人になって「はじめてのおつかい」がテーマのショートショート小説
東京の建設会社に勤めていたある日のこと。
「オイ! 大山、海外出張頼むぞ。」と部長から命令があった。
「どこですか?」と聞くと、
「マダガスカルだ!」とのこと。
残業続きで忙しいこの時期に、何で俺がそんな訳の分からない所に行かなきゃいけないんだと思いつつ、
そこは一会社員。「分かりました。」と即座に答えてしまった。
仕事の内容は簡単に言うと、ODA(政府開発援助)で水道の給水施設を造るために、現地でその事前調
査を行うというものであった。
この出張で最も大変だったのは、仕事でも、向こうでの生活でもなく、日本から向こうの取引先へのお土
産運びであった。
お土産として会社が用意したものは、虎屋のようかん15kg、博多の明太子10箱、日本の駄菓子数十
種類の合計20kg以上もある日本の名産品であった。
これらを見たこともない大きなクーラーボックスに入れ、明太子が腐るといけないというので、保冷剤を
これらの名産品の隙間を埋めるように詰め込まれた。
ここに、世にも不思議な重たいクーラーボックスの出来上がりである。
マダガスカルへは、シンガポールで1泊して、さらにモーリシャスで1泊して、やっとたどり着ける片道
2泊3日の大旅行となってしまった。~ハワイには2回行けるような気がする。~
シンガポールも、モーリシャスも、いずれも暑い時期で、クーラーボックスの保冷剤など瞬時にして役に立たなくなる・・・それは明太子が腐ることを意味するものであった。
「明太子が腐りました」などと現地で言えば、会社を首になるのではないかと心配になり、空港で手荷物はどうでも良いからクーラーボックスを渡してくれと税関に嘆願した。
モーリシャスの空港では、
「手荷物よりも大事なものとはなんだ! 密輸か!」
などど疑われ、英語で明太子のことを
「魚の卵を唐辛子で漬けたもので、日本古来からある伝統の一品で、辛いけど美味しくて・・・」
などと訳の分からない説明を必死で2時間以上も続けた結果、ついにクーラーボックスを受け取ることができた。
その重くて、あやしいクーラーボックスをタクシーの運転手に渡すと、嫌そうな顔でにらまれたのを今でも覚えている。
しかし、モーリシャスの宿は最高で、プール付きのリゾートホテルであった。
ホテルと言うよりコテージのような感じで、ベットの後ろの壁には大きなヤモリのはく製が飾ってあって・・・と思ったら、そのはく製が動き出したのだ。
「まさかっ!」
と思ったが、その飾りはベットの下に隠れて行ってしまった。
しばらく探したが、どこにも見当たらなくなったので、あきらめて寝ることにしたが、オレの大切な明太子だけは食べないでくれと心からヤモリにお願いして眠りについた。
そんなこんなで、無事にマダガスカルに着くことができたのであった。
そして、到着後に取引先へ全てのお土産を届けたところで、社会人になって「はじめてのおつかい」は
完了したのであった。
仕事のために訪れたマダガスカルでは、様々なことがあった。
見渡す限りの地平線、乾ききった大地、雨期の想像を絶する降雨量、独特な形のバオバブの木、牛肉と米を主食とする食生活、槍を持ったホテルの門番、ワオキツネ猿との出会い、貧富の格差・・・等々、言葉では表すことのできないことばかりである。
海外旅行は、病気や犯罪など注意しなければいけないことは沢山あるが、それ以上に貴重な経験ができる
こと、また日本という国を違う視点から見つめることができることを子供達にも知ってもらいたいと思うの
である。
ところで、明太子であるが、数日後に取引先の職員と食事をした際、職員の数人が腹痛で苦しんでいると聞いたので、受け渡し後の明太子の状態が何となく想像できたのであった。