美桃局【もももたせ】
おばあさんが包丁を近づけたところ、ひとりでに大きな桃がパカンと割れて、中から腕組みをした小さな鬼が現れました。
「あーあ……おばあさん。取り返しのつかないことをやってしまいましたね。事の重大さを理解していますか? これ、犯罪ですよ」
「あらあら、可愛らしい鬼さんだこと。こんにちは」
甲高い声なりに精一杯ドスを利かせて主導権を握ろうとする小鬼でしたが、おばあさんは少しも気に留めていない様子。
「どうも、はじめましてこんにちは……じゃない! そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちですよ! 窃盗罪に未成年者誘拐罪、それに殺人未遂! あなたの年齢なら、残念ながら塀の中で暗く寂しい最期を迎えることになってしまうかもしれませんね!」
ペースを乱されたことに腹を立て、赤い顔をさらに紅潮させ、不穏な脅し文句を一気にまくしたてる小鬼。それでもおばあさんは全く動じません。
「まあ、小鬼ちゃんったら。初対面の女性に対して年齢の話題を振るのはマナー違反じゃないかしら」
「そ、それは大変失礼しました……って犯罪者に礼節を説かれる筋合いはないです! ……まあ、とはいえ私もことを荒立てたいわけではありません。もし、あなたが心から反省して許しを請うというのなら、応じてあげてもよいのです……ただし、それなりの誠意を見せてもらわなければなりませんがね」
親指と人差し指を合わせた下品なジェスチャーで、小鬼は金銭を要求します。
「勘違いさせてごめんなさいねえ、小鬼ちゃん。私、こんなに立派な桃だから落とし物なんじゃないかと思って、交番に届けようとしていたのよ。でも、疲れて一人じゃとても運べそうになかったから、一旦お家に持ち帰ってお巡りさんに来てもらうことにしたの。ただ、桃にしては重すぎるような気もしたから、一応中を確かめてみようかと思って。ほら、もし誰かが閉じ込められていたら大変でしょう。女の勘が当たって良かったわ」
立て板に水のように滞ることなく事情を説明するおばあさん。思わず納得してしまいそうになる小鬼でしたが、首をブンブンと振り反論します。
「そんな苦し紛れの言い訳に騙されるわけないでしょう! 仮に話が本当なら、なんでいつまで経っても警察がやって……」
「お待たせしてすみません~。駐在所からまいりました~。おばあさん、おられますか~?」
玄関の扉が開く音と共に、家の中に大きな声が響きました。
「えっ……そんな……ううう、ちくしょう! 今日のところは勘弁してやります!」
地団駄を踏んで悔しがったのち、窓から勢いよく飛び出し、あっという間にどこかへ走り去っていく小鬼。その姿をしっかり見届けてから、おばあさんが口を開きました。
「ありがとうございました、おじいさん。お芝居、とってもお上手でしたよ」
「ばあさんには敵わんよ。とにかく騙されてくれてよかったわい。あんな可愛らしい鬼を苛めるのは気が咎めるからの」
「そうですねえ……では、ありがたく桃をいただきましょう」
おじいさんとおばあさんは大きく美味しい桃をすっかり食べつくして、お腹いっぱい幸せな気分になりましたとさ。めでたし、めでたし。