第6話:ボーイ・ミーツ・G ②
とりあえず、落ち着いた――とは、ならなかった。
無理だ。さっきはゴリラへの熱い思いをぶちまけてスッキリしたが、今度はそう簡単じゃない。
親友だと思っていた慎吾は、裏切り者だったらしい。
慎吾は、今も「落ちて着いて聞けって言っただろうが! てか、俺も困ってるんだよ!」などとほざいている。それに「ちょっと黙ってろ殺すぞ」と極めて理性的な返事をして静かにさせる。
このまま勢いで慎吾を始末したいが、我慢だ。たった2人の人間だし、まだ聞くべきことは多い。今、慎吾を失う訳にはいかない……はず。
……慎吾、美少女じゃないし、もう始末しようかな。いや、美少女と出会える保証はない。早まっちゃだめだ。
状況を整理して、慎吾の必要性を再確認しよう!
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世界はゴリラだらけになったよ♪ 人間は俺と慎吾の2人だけ! 慎吾は唯一無二の存在だ! ただ、この状況を望んだのは、なんとびっくり慎吾くん! 今、俺はそのことでキレているのに、慎吾に「落ち着け」って言われてるゾ☆
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………………やっぱ、慎吾を始末すべきでは?
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…………ふぅーーーーーーーーーー。
今度こそ、とりあえず、落ち着いた。
その過程で、脳内で13人ほど慎吾を始末したが、必要な犠牲だ。俺は、自分の理性を褒め称えていい。
極めて理性的で冷静な俺は、慎吾の責任追及をいったん置いておくことにした。慎吾をシバキ倒したい気持ちをぐっとこらえて、詳しい話を聞きだすのだ。シバキ倒すのはその後でいい。
落ち着いて冷静に、事実だけを確認するんだ。
「確認するぞ。昨日、お前は『世界みーんなゴリラになぁれ』と願った。そうだな?」
気分は取り調べをする刑事だ。私情を挟むな、冷静に。
「まぁそういうことになるな」
「冷静にコメントしてんじゃねぇよ‼ てめぇどういうつもりでこんなことしやがった、あぁ⁉」
「聞いてくれるか?」
「教えろって言ってんだよ!」
だめだ、全然落ち着けてねぇ。
「……実は昨日、ゴリラカウンターが記録的な数値に達したんだ」
「あ? ゴリラカウンター? なんだよそれ?」
ゴリラってついてる時点で碌なもんじゃないのは確かだ。
「俺のあだ名がゴリラなのは知ってるだろ?」
「当たり前だ。今となってはそんなに似てない気もするけど、普通に考えてお前のあだ名はゴリラだよ」
「それは分かる。確かに俺はゴリラに似てるよ! だけどさぁ、みんながゴリラって呼ぶのは違うだろ。みんな俺の名前知らないんじゃねぇの」
たしかに言われてみれば、俺以外の人は慎吾のことを「ゴリラ」か「ゴリ」って呼んでる。俺は、子供のころからの習慣で慎吾って呼んでるけど。
「で、結局、ゴリラカウンターって何だよ? 話の繋がりが見えないんだが」
「俺が人から『ゴリラ』って呼ばれた回数を数えたものだよ」
え、こいつ何やってんの? なんで数えたんだよ。バカなの?
「ちなみに何回になったんだ?」
「…………聞きたいか?」
「……やめとこう」
表情から大体察した。こいつも色々悩んでたんだな。親友として相談に乗ってやるべきだったか。
それは、さておき、だ。
「だから、『世界みーんなゴリラになぁれ』って願ったのか?」
「ああ。ちょうど七夕だったから、夜空に浮かぶ星を見上げながら、ついポロっと」
よくもまぁ、そんなロマンティックな状況で、ここまで酷いお願いが出来たな。星に謝れよ。
てか、みんなにゴリラと呼ばれたからって、世界がゴリラまみれになることを願うなよ! 何でゴリラって呼んだ相手をゴリラにしなくちゃならんのだ。あれか、『バカって言う方がバカなんですぅ!』と同じ理屈か。
と、ここで1つ疑問が生じた。
「なんで俺はゴリラになってないんだ?」
慎吾は『世界みーんなゴリラになぁれ』と願ったのに。慎吾はまだしも、俺は?
みんなに俺は含まれてないのだろうか。なにそれ悲しい。……いや、まぁゴリラになんてなりたくないんだが。
「……司は俺のことをゴリラって呼んでなかったから、とか?」
なるほど。慎吾の『お願い』は復讐的な意味合いを持つから、俺は関係ない。その結果、俺はゴリラにはならず、ゴリラだらけの世界を満喫できている。
…………ふむ。つーまーりー?
「ふっざけんじゃねぞクソったれ。結局、全部お前のせいじゃねぇか! 何のために俺が一旦冷静になったと思ってんだよ。お前の衝撃発言を全力でスルーしてやった俺の努力が無駄じゃねぇか!」
「はぁ? ふざけてねぇよ、こっちは真剣だ。てか、お前は今の話に少しも同情しなかったのか⁉」
「同情はしたけど。お前のせいで、世界がゴリラになってんだよ!」
「願っただけで俺は悪くねぇ!」
「お前の願いが叶っちゃてるんですけど⁉」
「だとしても俺は悪くないだろ。願うのは自由だ!」
「でも、叶っちゃたらお前を責めるしかないだろうが!」
「そこは、ほら、あれだよ。俺じゃなくて、神様とかを責めるべきだ」
「神? お前正気か?」
「こんなこと出来るの、もう神様しかいないだろ」
「………それも……そうだな。なんか俺も神が悪い気がしてきた」
「だろ? 絶対、全部神様のせいだよ」
お願いをしやがった慎吾が悪いという事実は1ミリも消えない。が、世界を変えた諸悪の根源が、慎吾とは別にいるのも事実だろう。神が悪いというのも一理ある。
「出てこい!」
「元に戻せ!」
「せめて、説明しろ!」
「ついでに、責任をとれ!」
「なんならゴリラになっちまえ!!」
俺たちは、必死に神に呪いを捧げた。それはもう気持ちを込めてお呪いした。
だが、本当に神がいるなんて思っちゃいない。ただ責任を神に押し付けて、少しでも落ち着こうとしているだけだった。
「「とりあえず、神(様)がいるなら出てこい!!」」
こんな風に叫んでも意味がないのは分かっていた。大声を出してスッキリして、それで終わりのはずだった。
なのに――
「呼ばれて飛び出て神様登場!」
ぽふんっ、という間抜けな音とともに、そいつは高らかに宣言した。
やっと登場した。