第5話:お星さまに願いごと
お待ちかねの昼休み、俺たちは屋上に来ていた。
本当に長かった。人生で一番長い午前中だった。
ただ座って授業を聞いてるだけなのに、視界はゴリラで埋め尽くされていた。せめてもの癒しを求めて、慎吾の方を見たけど、男子の後ろ姿なんてゴリラと大して変わらない。くそが。
やはり美少女だ。美少女が必要だ。目の保養がしたい!
屋上に、俺と慎吾以外に人影はない。つまり、近くにゴリラがいない。
さらに、昼休みは吹奏楽部をはじめとして色々と騒がしいので、多少大声を出しても聞かれる心配もない。ないない尽くしのパラダイスだ。
そんなパラダイスで――
「何だあれ? 何だあれ? 何なんだあのゴリラどもはぁ!」
「多すぎだろ。いくらなんでも多すぎだろ! もうすでに一生分のゴリラを見たよ! なのに、まだまだ見ざるを得ない!」
「ゴリラが…………」
「ゴリラめ…………」
「ゴリラ」「ゴリラ」「ゴリラ」「ゴリラ」「ゴリラ」「ゴリラ」
「「ゴリラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
――俺たちはゴリラに対する熱い思いを遠慮なくぶちまけていた。
※※※※※
とりあえず、落ち着いた。
「…………おい慎吾」
「…………何だ?」
「状況を整理しよう。分からないこととゴリラが多すぎる」
「ああ、そうだな」
結局、朝はほとんど何も話せてない。今こそ、きちんと話し合って状況を把握する時だ。
「てか、ゴリラはお前の専売特許だろ。何とかしてくれ」
「別にゴリラを売りにした覚えはねぇよ! 何とも出来んわ」
そんなくだらないやり取りをしつつ、ゴリラに関するディスカッションが繰り広げられた。……全く盛り上がらなかった。
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7月7日夜7時過ぎ、人の見た目だけがゴリラになった。
中身は人間のままで、言語等に変化はなし。
範囲は、おそらく全世界。
少なくともアメリカとイギリスのニュースにもゴリラが登場。
対象は、3次元の人間すべて。
過去の映像や写真の中でも、人間はゴリラ。アニメや漫画、絵画は変化していない。
運動能力や体格など、人間とゴリラの違いによる大きな問題は発生していない。
どのように解消されているのかは不明。
以上の現象を認識しているのは、今のところ俺たち2人のみ。
調べられる範囲でネットに情報はあがっていない。
ちなみに、動物園にもゴリラはおり、扱いも変化しているようには見えない。
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まとめると、こんな感じだ。
客観的に見て、世界がくそすぎる。どうやら俺が思っていた以上に。、徹底的に人間はゴリラになっていたらしい。
そして、俺は気付いてしまった。慎吾が詳し過ぎる。
昨日、混乱した俺は何もせずに就寝。今朝もお天気ゴリラさんとネットをちらっと見ただけで、すぐに美少女を求めて登校。だから、俺はほとんど情報を持っていなかった。
それに対して、慎吾はやけに細かいところまで把握している。慎吾は別に冷静沈着なキャラじゃない。なのに、突然ゴリラだらけの世界に放り込まれたにしては冷静すぎないか?
しかも、慎吾がゴリラに気付いたのは今朝らしい。そこから、ここまで詳しく調べてから登校したの? ……まぁ、あり得ない話ではない。
だが、長い付き合いだからわかるが、今も慎吾はかなり自然体に見える。俺は、まだそわそわしているのに。やはり慎吾にしては冷静すぎる。かなり怪しい。
「……やけに冷静に思えるんだが? お前、何か隠してることあるだろ?」
「…………1つ、心当たりが……なくはない。……かもしれない」
「この状況に? 心当たりがあると?」
やばいな。事と次第によっては、俺は親友を始末する必要がありそうだ。
「……おい。その心当たりとやらをさっさと話せ」
「わかった」
覚悟は出来てんだろうな。
「昨日が何の日だったか知ってるよな」
「あ? 昨日? 昨日は………ああ七夕か。それがどうした?」
そいうえば、昨日は7月7日、七夕だ。電気屋でも笹に短冊が吊るされているのを見た。
「そう、昨日は七夕だったんだよ」
「……それで?」
「いや、それだけだけど?」
昨日は七夕。
今日はゴリラ。
俺には全く関係が見えないんだが?
七夕だからどうしたって――あっ!
…………いやいやいや。まさか、そんなことないよな。
いくら慎吾でもそんなことしないよな。普通の常識的な人間の発想じゃない。絶対ないと思うが、万が一ってことがあるかもしれない。念のため確認しよう。
「七夕って願い事を短冊に書く風習があるよな?」
「…………ありますね」
何故か慎吾が急に敬語になった。あれれー? おっかしいぞー?
「星に願いを、みたいな感じだよな?」
「…………たぶん、そうなんじゃないかな」
何故か慎吾の額に大粒の汗が浮かんできた。どうしたのかなぁ?
「……お前が願ったわけじゃないよな?」
「…………な、何の話だ?」
何故か慎吾は俺から目をそらしている。
「今してる話は1つだけだよ。もう一度だけ聞くぞ? お前、何を隠してる?」
「「……………………」」
俺たちの間では珍しい、息の詰まるような重苦しい沈黙。それを破ったのは慎吾だった。
「冷静に、落ち着いて聞けよ? 先に言っておくが、俺もよく分かってないからな」
「……早く話せ」
「昨日、俺は、とても可愛らしい、ほんの些細な『お願い』をしてみた」
…………。すごく、ものすごーくいやな予感がする。
この『お願い』の内容が、全ての答えのような気がしてならない。
「何て願ったんだよ?」
「『世界みーんなゴリラになぁれ』」
「「………………」」
重苦しい沈黙が帰ってきた。
昨日、七夕。
慎吾、願う。
今日、ゴリラ。
俺、パニック。
…………ふむ。
「ふっざけんじゃねっぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇーーーー!!!!! どう考えても! 完璧に! お前のせいじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!!」