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林間学校②

 バスは1時間ほど走って目的地に着いた。

 待ちに待った林間学校で生徒たちはうれしそうにバスを降りる。

 匠はその中で無表情で降りてくる。


「はーい。2組のみんなこっちに来て!」

 紗椰が手を振りながら呼びかける。

 まるでバスガイドのようだが生徒にはその方が受けがよかった。


 (きついな・・・・・・)

 匠はすでに心身が疲れていた。


「それじゃあ、みんな部屋に荷物を置いて外に出てきて」

「「「はい」」」

 ぞろぞろと宿舎に入っていく。

「私たちも荷物を置いてきますか」

 紗椰が匠を誘った。

「そうですね」

 匠はいつも通りぶっきらぼうに返した。

 にもかかわらず(と言うよりも慣れたのだろうか)紗椰は気にした様子もなく宿舎に歩き出した。

 匠もなるべく距離を置いてから歩き出すと、ふとひとりの眼鏡をかけた男子生徒が目にとまった。

 周りには誰もいないのに1人だけ残っている。


 匠はその生徒の元へ行った。

近衛(このえ)、どうした?」

 やはり抑揚に乏しい。


 近衛 仁志(ひとし)。1年2組の生徒だ。

 休み時間も読書をしているようなおとなしい生徒。


「えっ、いや、その、大丈夫です」

 匠におびえてしまったのかどうかは、わからないが、早足で宿舎に向かった。

 なぜ1人でいたのか考えていたがそれ以上に気になることが匠にはあった。

 (あれ・・・・・・俺、今何も考えずに行動した・・・・・・)

 普段なら動くかどうか迷ったはずだ。だがさっきは、

 (・・・・・・)

 匠は自分の胸に手を置きながら自分自身に聞いていた。


 荷物を置いてきた生徒は体操服に着替えていた。

「全員そろったか、じゃあこれからオリエンテーリングだ」

「「「いぇーい」」」

 匠の暗い声と生徒たちの明るい声の対比。


 匠はやる気がないわけでも根暗なわけでもない。

 ただ過去に自分らしくしていた行動をすべて否定され、自分という自我を否定され、自分という存在を否定されたからだ。

 匠は自分を見せることを恐れている。


「・・・・・・えっと、学校で決めた班に分かれろ」

 生徒の勢いに少し押され気味になりながら匠は指示を出した。


 生徒たちは匠の指示通り班に分かれた。

「んじゃ、①~④班が先、⑤~⑧班は10分後に出発。3時間後には戻って来いよ」

「「「はーい」」」

 (大丈夫か・・・・・・)

 匠はもう生徒のテンションについて行けないと感じていた。


 それぞれの班が出発していく。

 途中の班で「綿貫さん、遅れないようにね」や「伊織君こういうの得意そう」などの声が聞こえていた。

「松雪先生!」

 生徒が出発しているのをぼんやり見ていた匠に横から声がかかった。

 匠はすっと横を見た。

「朝比奈、どうした」

「先生、こんな時でもテンション低いんですね。バスの中でもあんまり話さないですし」

「別に」

 来夢が「どうして?」という顔をしていたが匠はスルーした。

「まぁ、それが先生らしいですけど」

 と言うと来夢は自分の班に戻った。

 どうやら③班で前半スタートのようだ。

「松雪先生行ってきまーす!」

 手を振りながら、明るい声で叫ぶ。

 匠は手を《《少し》》上げて応えた。


「えっ・・・・・・」

 反応してもらえると思っていなかったのだろう来夢は思わず小さな声を漏らし、立ち止まってしまった。

 しかし驚きよりもうれしさの方が上回って、ものすごい笑顔になった。

「やったー!」

 跳び上がるのではないかと心配するほど喜んだ。

「行ってきます!」

 また「行ってきます」と言っている。

 だが本人はとてもうれしそうだ。


 その様子に匠は口元()()を緩めた。

 (えっ、俺・・・・・・)

 匠は自分が少し自分でないような気がした。


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