エピローグ
一人の女性が霊園の階段を上っていた。
今はお盆でも、彼岸でもないのにその女性は霊園にある一つのお墓に向かっていた。
新品のスーツに身を包んだその女性はお供え用の花束を抱えていた。
女性は目的のお墓の前に来た。
そこには「松雪匠」と書いてある。
女性はゆっくりとしゃがんで花を添えた。
花を添え終わると静かに手を合わせた。長く、長く。
そして手を戻すとしゃがんだままお墓に向かって、いや、そこに眠る人物に向かって話し始めた。
「匠先生、お久しぶりです。朝比奈来夢です。覚えていますか?」
来夢は少し間をとった。
まるで本当に会話をしているように。
「あれからもう六年が経ちましたね。もうそちらの生活には慣れましたか?まぁ、匠先生ならそちらでも教師をされているんでしょうね」
再び間をとる。
「もう、匠先生の生徒たちは大学を卒業しましたよ。早いですね。みんなそれぞれの進路に行きました。一人は大学で野球をやっていたらプロからスカウト来たり、一人は先生に憧れて同じ大学に入って今は大学院に進んでいるそうですよ。ある人は日本一の大学に進んで大学院に行き、ある人は人と交流ができない子供たちのための団体を作ったり、ある人は性格を生かしてタレントとしてテレビに出てますよ」
来夢は微笑んだ。
「そして、ある人は、大好きな人に憧れて苦手な理系科目を猛勉強して、その人と同じ理学部の科学科になんとか入って、大学院には行かずにその人が務めていた高校の化学の教師として今年から働くことになりました。全く、どれだけ大変だったかわかりますか」
いたずらっぽく笑った。
来夢には匠が返事をしているのが聞こえているように感じていた。
匠が嬉しそうに笑っているのが目に浮かんだ。
誰よりも生徒のことを思った人だ。生徒の成長を知って喜んでいるに違いない。
もしかしたら、全員が思っていた通りの人生を歩んでいるのはいつも匠が支えていたからかもしれない。
(だとしたら、本当に先生は『先生』ですね)
来夢は会話を終えて立ち上がった。
その腕にあのブレスレットがついているのが見えた。
もう一度しっかりお辞儀をした。
「匠先生、私の人生最大の幸せはあなたと一緒に過ごせて、あなたの優しさに触れて、あなたの温かさに救われて、そしてあなたに恋をしたことです」
そう言って来夢は体を反転させて歩き始めた。
すると後ろから強い風が吹いてきた。
乱れる髪をおさえながら振り返るとハートの形をした桜の花が舞ってきた。
(もう・・・・・・匠・・・・・・)
匠の返事を胸に受け止めて来夢は再び前を向いて歩き始めた。
ー完ー




