俺の人生・・・・・・③
匠は全速力で走った。
前は助けられなかった。でも、今回は間に合う。
最近動くことが少なかったせいで体が衰えている。
だが今の匠にはそんなことは気にならなかった。
今は目の前の命を救うことに必死になっていた。
匠は横断歩道に入った。
そこには呆然と立ち尽くす小学生くらいの男の子がいた。
少年は目の前の光景が信じられないといったように目を見開いている。
それもそうだ乗用車が赤にもかかわらず自分の方に向かっているのだから。
驚きすぎて逃げるという考えが思い浮かんでいないのだろう。
匠は全力でその少年の手を引っ張った。
匠と少年の立ち位置が入れ替わるように動く。
少年は匠に引っ張られた勢いで歩道まで飛ばされる。
匠は体制を崩しながらゆっくりと倒れていっている。
もう、動くことはできなかった。逃げることはできなかった。
運命は残酷に、唐突に、彼を襲った。
「バン!!!!」
「きゃー!」
「おい、誰か早く、救急車を呼べ!」
「どうした、どうした」
「事故らしいわよ」
道路が交通網としての機能を失った。
周りには多くの野次馬が群がり始めた。
(熱いな・・・・・・)
風呂にでも入っているような気分だった。
体が温かい液体に覆われているのを感じる。
もはや痛いという感覚はなかった。
匠は薄れゆく意識の中で一人の人物を思い浮かべていた。
「匠先生!」
匠は幻覚かと思った。
自分が思い浮かべていた人物が駆け寄っきた。
来夢は息を切らしながら倒れている匠に駆け寄った。
駆け寄るとその場に膝をついて血まみれの匠を抱きかかえた。
匠の息がかすかに聞こえる。だが、今にも消え入りそうな音だ。
周りの音が気にならないほど匠に集中していた。
「匠先生!匠先生!」
匠の顔をもっとよく見たいのに視界がぼやけている。
大声を出しても匠が助からないのはわかっている。
それでも、匠の名前を呼ばずにはいられなかった。
「・・・・・・ら、いむ・・・・・・」
来夢は、はっと息をのんだ。
匠が自分の名前を呼んだ。
今も何かを伝えようと口を動かしてはいるが声が出ていない。
来夢は自分の耳を匠の口元に運んだ。
どんなに小さな声でも聞き逃すまいと思った。
匠の本当にかすかな息の流れを感じる。
必死に息をしているのがわかるとよりつらくなってくる。
匠はもう意識の限界だった。
来夢が来てくれたことが嬉しかった。
でも、こんなときにお礼も言えないのかと自分を責めた。
こんなところで来夢の前からいなくなってしまう自分のふがいなさを恨んだ。
なんとか一言伝えたかった。
いいたいことはたくさんあったが、そのすべてを伝えたかったが、自分にはできないとわかっていた。
だからせめて一言だけでも・・・・・・
「す、きだ・・・・・・」
匠はそれだけ言うと力尽きた。
来夢は腕の中にいる匠が急に重くなったように感じた。
来夢は匠の息がなくなるのを感じた。
だが、最後の言葉はしっかりと聞き届けた。
だからこそ悲しかった。
自分の想いを伝えられなかったことが・・・・・・
「匠先生ー!!!!」
来夢の叫びが虚空の空に響き渡った。




