バレンタイン③
翌日の昼休み。化学室。
「はい、匠先生! バレンタインですよ」
来夢はきれいにラッピングしたチョコレートマフィンを匠に渡した。
その顔は朱に染まっていた。
「来夢、どうし・・・・・・」
匠は来夢の目が腫れていることが気になったがその理由を聞くのをやめた。
なんとなく聞かない方がいい気がしたし、聞かなくてもいじめなどではないと思った。
もしもいじめられているのであれば教師という立場以上に来夢を守りたかった。
それに、来夢が自分にバレンタインのお菓子をくれたことが嬉しかった。
自分の顔が、体が熱くなっているのを感じた。
そんな感覚は久しぶりだった。
「ありがとう」
来夢の手からマフィンを受け取った。
受け取る瞬間に匠と来夢の手が触れあった。
二人の顔はその一瞬でより赤くなった。
匠はそのマフィンを見て自分の気持ちを伝えたいという衝動に駆られた。
来夢も今日は無理かもしれないと思っていたが匠が嬉しそうな顔をして受け取ってくれたのを見て我慢できなくなった。
「来夢」「匠先生」
二人が同時に声をかけた。
お互いに言葉を譲り合って沈黙が流れる。
その間、二人の目は相手の目をまっすぐに見ていた。
「じゃあ」「じゃあ」
また二人の声が重なった。
二人は見つめ合ったまま笑った。
来夢が手で匠に発現を促した。
それを見て、匠は口を開いた。
「来夢、俺は・・・・・・俺は・・・」
二人はドキドキしていた。
二人の鼓動が伝わってきそうだった。
「俺は、来夢のことが・・・・・・」
「「「たくみーん!!!!」」」
そこで遠くから声が聞こえた。
二人が声の方向を見ると、莉子を筆頭に女子が歩いてきていた。
匠があっけにとられているとすぐにその集団に飲み込まれた。
「来夢ちゃんだけずるい」
「たくみん、私のもどうぞ!」
「匠先生、私のも!」
一種のハーレム状態が生まれていた。
匠が対応に追われていると昼休みが終わる五分前の予鈴が鳴った。
それを聞くと全員が教室に戻ろうと化学室から出て行った。
来夢も女子に誘われて理科室から出てしまった。
結局両方とも想いを伝えられなかった。
(匠先生は何て言おうとしてたんだろう・・・・・・)
(来夢は俺に何を・・・・・・)
心の中で、その問いだけが繰り返されていた。




