バレンタイン②
「・・・・・・そんなに慌てなくても。お姉ちゃんが早く作ってくれないと私が作れないじゃん」
華鈴は右手に持っている紙袋を見せながら言った。
中身は見えなかったが、バレンタイン用の材料が入っているのだろう。
来夢はそういうことか、と思った。
だが自分の逡巡している姿を見られたことはやはり恥ずかしかった。
「で、でも、受験勉強はいいの?」
受験生たるもの勉強しなければならないはずだ。バレンタインなどやる暇があるのならば勉強をするのが普通だ。
しかし、華鈴の中ではどうやら違うようだ。
あいている左手を前に出し、人差し指を立てて「お姉ちゃんは甘いね」と言いながら左右に振っている。
どこでそんな演出を覚えたのだろう、と来夢は思った。
「もう高校が違う人とはお別れしちゃうんだよ。それなのに何もないなんて悲しいじゃん。みんなで最後にわいわいしながら楽しくおしゃべりしたりして思い出を作って、中学校生活がよかったねって言い合いたいよ」
野暮なことは言わないで、と言わんばかりの言い方だった。
言い分はもっともだが、要約するとおそらく「勉強に疲れた」ということなのだろう。
「じゃあ、もしかしてあの子にも渡すの?」
来夢は恐る恐る質問した。
あの子とは華鈴の片思いの男の子だ。
では告白すればいいじゃないか、と思うかもしれないがその男には彼女がいる。
つまり華鈴の恋は決して叶うことのない恋なのだ。
華鈴はその想いを何度も捨てようとしていた。だが、捨てようとするたびにまるで呪いのようにその想いは強くなる一方だった。
捨てようとして、捨てられないことで自分の想いの強さをより一層感じてしまったのだ。
だから、苦しみながらも華鈴はその想いと向き合ってきた。
来夢は華鈴を傷つけてしまうかもしれないと思った。
今までは華鈴の苦しみがわからなかった。だが今は違う。
華鈴がどれほど苦しんできたのか少しわかったような気がした。この苦しみは他の恋とは違う。
甘いのに、どんどん甘くなっていくのに、その甘みを感じるほどより強い酸味が心を貫く。そんな感じだった。
それでも聞かずにはいられなかった。
この苦しみを自分よりも長く味わってきた華鈴がどうやって決着をつけるのか知りたかった。
華鈴は少しうつむいた。
まさか来夢からそんなことを聞かれるとは思っていなかったからだ。
しかしすぐに来夢に向き直ってニッと笑った。
「もちろんだよ。叶わない恋だったし、私はこの想いのせいですごく苦しんだ。彼の見せる笑顔を見たり、彼が私にくれる優しさに触れるたびに私は嬉しくなって、私の想いは強くなった。でも、そんな夜にはいつも泣いてた。涙が涸れるまでずっと泣いてた。気づいたら朝になってたこともあった。でもね・・・・・・それでもね、私はこの恋をしてよかったと心から思ってるよ。彼を好きになって本当によかった。彼と過ごせて本当によかった。だから・・・・・・だからね、この気持ちを伝えないといけないんだよ。感謝と一緒に私の心を全部。もしもこのまま別々になったら私は耐えられない。私は作るよ。言うよ。この想いに嘘はつきたくないから」
華鈴は終始笑顔だった。
だがその目からは雫が流れていた。喜び、悲しみ、苦しみ、感謝、すべての想いをのせた涙が目からあふれていた。
華鈴の話しを静かに聞いていた来夢からも涙を流していた。
華鈴の言葉が心に刺さった。
共感した。自分にも当てはまった。自分も心に嘘はつきたくないと思った。
明日はできなくても、絶対にこの気持ちを伝えたい、と思った。
だから、自分もチョコを渡して思い出を作ろう・・・・・・
来夢は華鈴に駆け寄って抱きしめた。
華鈴は驚かなかった。来夢ならそうするだろうと思っていた。
素直に体を来夢に預けると安心して涙がさらに出てきた。
「も、もう・・・・・・お姉ちゃんのせいだよ・・・・・・明日、笑顔で彼に『ありがとう、大好きだよ』って言わないといけないのに・・・・・・これじゃあ、目が腫れちゃうじゃん・・・・・・」
「うん、ごめんね・・・・・・ごめんね・・・・・・」
二人はそのまま泣き続けた。
二人の涙の量が、二人の想いの強さを物語っていた。




