彩羽と詩羽②
「・・・・・・そんなことが、松雪に・・・・・・」
二人は詩羽の部屋で座って話をした。
詩羽は彩羽の知りうるすべてを聞いた。(ここにモンスターペアレント事件は含まれていない)
確かに最近匠からの連絡(直接会ってはいなかったがアドバイスなどで連絡はとっていた)(もちろん、彩羽公認で)が来ていなかったので少し心配していなかったのだがまさかそんなことが起こっていたなど夢にも思っていなかった。
「・・・・・・私、たっくんにひどいこと言ってしまって・・・・・・たっくんは私のために何も言わなかったのに・・・・・・」
声がやつれていた。覇気も感じられなかった。
彩羽は匠に「どうして頼ってくれなかったの?」と言って立ち去ったことを後悔しているようだ。
本人の話によるとその後、一切会っていないどころか、連絡も取っていないらしい。
匠の心に深い傷を負わしたのが自分ではないかと思っているようだ。
あの後から彩羽は世界の温度が下がったように感じていた。
世界から色が消え、モノクロ映画の中に取り込まれたようだった。
味覚、嗅覚が急激に衰え、何も感じなくなっていた。
世界から『幸せ』の二文字の概念が消え去ったように感じていた。
自分ではどうしようもなくなり、匠のことをよく知っていそうな人物に救いを求めようとしたがやはり間違いだったのかもしれない。
これは自分の問題であり、他人を巻き込みべきではなかった。
そう思った彩羽は立ち上がろうとした。
「迷うことはない」
だが詩羽の言葉に引き留められた。
彩羽が詩羽を見ると微笑んでいた。楽しいからではなく、彩羽を元気づけるために。
「松雪が如月さんに言わなかったのも優しさだ。如月さんが松雪の力になりたかったと思うのも優しさだ。二人とも間違ってはいない。ただ少しベクトルが違っただけだな。だが二人に共通しているのは相手のことが大切で、相手のことを思っていることだな。全く、朝からあついな」
詩羽は自分を扇ぐポーズをした。
「その発言が松雪を思ってのことだということは松雪も絶対にわかっている。だから自分を責めるな。如月さんが悲しむことは松雪が一番のぞんでいないことだ。だからそんなに考えすぎるな。今は二人とも時間がいるかもしれないがときが来ればもう一度松雪の力になってくれ。松雪と如月さんの間にあるものはホンモノだろ」
と言い終えると詩羽は彩羽の背中に手を回して彩羽を自分の方に引き寄せて、力強く抱きしめた。
彩羽は驚いたが、力強くも優しい抱擁に身を預けることにした。
「だから、頼んだぞ」
耳元で静かにささやいた。
彩羽は胸からあついものがこみ上げてくるのを感じていた。
それが現実世界に具現化しているのも感じていた。
「はい」
それだけ告げた。
彩羽に失っていたものがすべて戻ってきた・・・・・・
「じゃあもう大丈夫だな」
詩羽は彩羽を放して言った。
もう他人行儀な話し方はやめたようだ。
「ありがとうございました」
お礼を言うと彩羽は鞄をまさぐった。
詩羽がその様子を訝しく見ていると、彩羽は鞄から手を出した。
その手には小さな箱が握られていた。
「それは、もしかして・・・・・・」
詩羽にはそれが何なのか予想がついた。おそらく外れていないだろう。
彩羽はそれを大事そうに胸の前で抱いて、詩羽の前に差し出した。
「持っていてもらえますか?ときが来るまで」
目を見ながらお願いした。
多分、家に置いていると色々と思い出してしまうのだろう、と詩羽は思った。
「わかった、預かろう。だが、すぐに返すことになりそうだがな」
笑いながら受け取った。
彩羽も「そうなるといいです」と笑いながら渡した。
二人は今日も仕事があったためそれでお開きとなった。(詩羽は朝から教師の仕事、彩羽は午後から塾講師の仕事)
その一週間後だった。
彩羽の命が唐突に絶たれたのは・・・・・・




