彩羽と詩羽①
ときは匠が心を壊された、あのときまで遡る。
匠と彩羽が別れてから、いや、実際は別れていなかった。
彼らの心はまだつながっていた。
だが、会うことはなかった、あの頃の物語・・・・・・
「ふぁー」
大きく伸びをしてあくびをした。
朝が早いとこの神社はいつも暗い。周りを木々に囲まれているのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
詩羽は毎朝の日課である鳥居の周りの清掃をやっていた。
境内の参道や他のところは詩羽の兄や父などがやるので詩羽の役割はここになっていた。
本音を言うと生徒のために勉強をしたり、受験の情報を集めたいのだがあまり人のいないこの神社ならばしょうがないとも感じていたし、この神社も自分にとっては大切な場所なので役に立てることに幸せも感じていた。
詩羽は清掃を終えた。
朝から清掃をやると心が晴れるような気がする。
ほうきを持って戻ろうとすると向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。
(誰だ・・・・・・?)
近所の人が毎日の日課でここに来ることはあるがそれにしても時間が早すぎた。
詩羽は目をこらしながら歩いてくる人を見た。
少し肩が落ちているように見えた。元気がないのか、病気なのかもしれない。
足取りもどこか重そうだ。
うつむきながらゆっくりとこちらに向かっている。
(もしかして・・・・・・)
少しすると詩羽の中に一人の顔が思い浮かんだ。
もう少し正確に言うと、一人の教え子の顔とその子の彼女の顔が頭によぎり、今回は彼女の方だと思った。
しかし違和感もあった。彼女なのに彼女でないように見える。
しかも彼女がこの神社に来るのは何年前かの正月の初詣以来であり、そのときも匠の付き添いだったので一人で来ることはなかった。
詩羽はほうきを地面に置いてゆっくりとその女性に近づいていった。
詩羽が歩き始めたのがわかるとその女性は足を止めた。
顔が判別できる距離になるとその人物が彼女であると確信した。
「如月さん、どうしたんですか?」
慣れ親しんだ生徒に対する口調とは異なり丁寧に聞いた。
彩羽はゆっくりと顔を上げた。
その目にうっすらと涙が浮かんでいるのを詩羽は見た。
彩羽は何か言おうとして再びうつむいてしまった。
そんな彩羽を見て詩羽は彩羽の肩に手を置いて、
「とりあえず中に入りましょうか」
と言った。
これ以上ここで話しをするのは不可能だと感じた。
彩羽の方は静かに頷いただけだった。




