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体育祭⑩ ラスト

 匠は今度は男子側に移った。

 女子がコソコソと話をしていた。

 だが匠は気にならなかった。


 女子と踊っていると心春の番になった。

 心春は少し恥ずかしそうにしていたが匠が手を出すとそれにつられて手を差し出した。

「先生・・・・・・ありがとうございました・・・・・・」

 少しうつむき加減で言った。

 匠はふっと笑った。

「楽しかったか?」

 その言葉を聞くと心春の顔がパッと明るい笑顔に満ちた。

「はい」

 その笑顔のまま言った。

 その様子を見て匠も嬉しくなった。


 次は莉子の番になった。

 もうすっかり心も回復したようで匠が手を出す前に自分から強引に手をつないだ。

 らしいと言えばらしいが元気すぎるのもやっぱりどうかな、と匠は思った。

「元気だな」

 言う言葉はそれだけにした。

 それに対して莉子はいつもの笑顔で応えた。

 作り笑いではなく、本当にいつも通りの笑顔だ。

「たくみん、ありがとうございます」

 楽しそうに、嬉しそうに告げた。

「私、頑張りすぎないように頑張ります」

「ふっ、どっちだ」

 楽しそうな雰囲気が二人の間に生まれていた。


 ラストは来夢だった。

 匠はそっと手を差し出した。

 いつもなら嬉しそうに手を出すだろうが今回は手を出そうとしない。

 それどころか顔をそらしている。

「朝比奈、どうした?」

 匠が不思議そうに聞いた。

 だが来夢は黙ったままだった。

「朝比奈・・・・・・」

「来夢・・・・・・」

 匠がもう一度どうしたのか聞こうとして「朝比奈」と言ったところで言葉を遮られた。

 来夢がぼそりとつぶやいたのだ。

「・・・・・・」

 匠は反応に困った。

 来夢の発言の意味がわからなかったのだ。


 来夢は匠からそらしていた顔を匠に向けた。

「莉子ちゃんは『莉子』で私のことは『朝比奈』なんですね」


 (私、何言ってるんだろ・・・・・・これじゃ、嫉妬してるのバレバレじゃん・・・・・・)

 来夢は自己嫌悪に陥りそうになった。

 自分の気持ちには気づいていた。

 気づいていたからこそ、今こんな気持ちになっているのだ。

 恥ずかしいと言うよりも煩わしかった。

 この想いが、消えてしまえばいいと思った。


()()、元気を出せ」

 耳に言葉が入ってきた。

 その言葉が耳から心に流れていく。

 空っぽだった心が何かで満たされていく。


 来夢は匠が笑っているのを見た。

 いつの間にか自分の手を匠が取っていたのがわかった。

 匠の温かさが直に伝わってきた。

 肉体的にも、精神的にも。


「ようやく、本音が言えるようになったな。まぁ、俺も人のことは言えないけどな」

 匠ははにかむように笑った。

 来夢はなんとか顔が赤くなるのを抑えようとしていた。

 だがその苦労も功を奏することなく顔がみるみる朱に染まっていく。

「来夢、大丈夫か?」

 その様子を見た匠が熱か何かかと思って心配した。


 しかしその声かけが逆効果になった。

 「来夢」の単語を聞くだけで熱くなってきた。

 もう顔が溶けそうなほどの熱を持っていた。

 来夢は顔を見られないように下を向いて「だ、大丈夫、です・・・・・・」と言った。

 匠は少し心配だったが来夢が平気というなら大丈夫なのだろうと思った。


「それにしても、最近は名前で呼ばれるのがはやってるのか?」

 莉子といい、来夢といい名前で呼ぶことを頼んできたので匠は不思議に思った。


 (少しは気づいてくださいよ・・・・・・)

 来夢はさっきとは鈍感な匠に突っ込みを入れた。


「こうやって踊るのは久しぶりですね」

 運命なのか。運命であってほしい。

 もしかしたら自分はあの頃から匠のことが気になっていたのかもしれない。

 不器用で、でも所々で生徒想いの温かさがにじみ出ていたあの頃から。

 仁志に心の声を伝えていたあの頃から。

 自分が気づいてなかっただけなのかもしれない。

 今は幸せだ。

 みんながいることが、匠がいることが。

 そして、

 (私は匠先生を好きになったことが、幸せです)






 すべての生徒の青春の一ページが幕を下ろした。

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