体育祭⑦
「莉子、リレーは残念だったな」
「・・・・・・」
莉子は再びうつむいてしまった。
クラスメイトの軽いのりで言われるのとは違った。
落ち着いた声で言われると心の奥底まで入ってくるようだった。
「落ち込んでるのは転んだからか? ならあれはしょうがない。莉子のせいでもなければ、一組の生徒のせいではない。一生懸命になるのは仕方のないことだからな。二人とも頑張っていた。もしも莉子が転んだことに責任があるならばそれはルールをしっかりと確認しておかなかった俺たち教師の問題だ」
匠は莉子に向かって笑いかけた。
ゆっくりと丁寧に告げた。
莉子はその言葉を聞いて少しホッとした。
(さすがですね・・・・・・)
クラスメイトと圧倒的に違うのは一組の生徒のせいにしていないことだ。
実際、莉子は一組の生徒のせいにはしたくはなかった。
それは自分でも、一生懸命になればこういうことは起こりうると思っていたからだ。
それを匠は言った。
生徒のことをよく見ている証拠だ。
「・・・・・・それもありますけど、怪我をしてみんなに迷惑をかけるのが・・・・・・私、まだ一本リレーがあるのに・・・・・・」
ポタッ、ポタッ、っと涙が落ちる。
匠が何と言うか莉子には予想がつかなかった。
「情けないな」とでも言われるのだろうかと思っていた。
だが匠の反応は全く違った。
匠はふっと笑った。
そして莉子の頭に手を置いた。
「別に迷惑をかけてもいいじゃないか。支え合うために周りに人がいるんだろ。莉子はもっと自分に素直になれ。元気があるのはいいが、それで自分を押し殺すな。我慢しすぎると心が持たないぞ。頼ってほしい人間も大勢いる。特に莉子を大切に思っている人間ほど頼ってほしいと思っているんだ。頑張りすぎるな。ゆっくりいけ」
莉子はうつむいたままだった。
匠の手があったからではなく、涙があふれていたからだ。
今回の涙は温かかった。
感謝の言葉が心の中を満たしていっていた。
静寂の保健室に莉子のすすり泣く声が響き渡っていた。
その様子を匠は手を戻して見守っていた。
「よし、じゃあ俺は行く」
ベッドから立ち上がった。
「莉子も早く戻って来い」
ベッドに座ったままの莉子に言った。
そして保健室を出るために歩き始める。
莉子の涙は止まっていなかったが莉子はふと気になることができた。
「そ、そう言えば、莉子って」
涙を拭きながら匠の背中に聞く。
匠は一瞬足を止めた。
「何のことだ」
そして再び歩き出した。
(もう、たくみん・・・・・・)
莉子は笑った。
おかしくもないのに、なぜか笑いがこみ上げてきた。
「おお、朝比奈。いたのか」
「は、はい。莉子ちゃんに飲み物をと思って」
保健室を出るとそこには水筒を持った来夢がいた。
来夢の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「早く戻って来いよ」
匠は女子二人で話しがしたいだろうと思って早く離れようと思った。
来夢に一声かけてから保健室から遠ざかっていった。
来夢は莉子に声をかけようと思っていた。
だが保健室に来ると匠がちょうど莉子に話し始めたところだった。
匠の優しさを改めて感じて嬉しく、誇らしく思うとともに一つ引っかかることがあった。
(莉子・・・・・・で、朝比奈なんですね・・・・・・)
その部分がどうしても心に引っかかった。




