体育祭①
文化祭が終わってまだ一週間しか経っていない。(そのうち一日は振替休日)
普通ならば大きなイベントが終わって一段落となるのだろう。
だが山の丘高校はそうではない。
匠はグラウンドでフォークダンスの練習をする生徒たちを見ていた。
ついこの間もフォークダンスを見たような気がするがフォークダンスにも種類があるのだろう誰もが戸惑いながらやっている。
正直に言うとこの学校行事の構成には毎年困らされている。
文化祭の準備は主に放課後を使ってやっていたがそれでも当日に近づくにつれて授業の一部をさかなければならなかった。
さらにそこに追い打ちのように体育祭の準備となると授業がキツキツだ。
文化祭と体育祭を一緒にやればいいと言う声も毎年のようにあがるがなぜか源藏が承諾しない。
長い付き合いの匠でもたまに源藏のことがわからなくなることがある。
匠は夏が開けたというのに暑さの抜けないグラウンドで深いため息をついた。
なにも熱いからや授業が心配だからではない。(多少はあるが)
目の前に広がる光景を見て次に何が起こるのか察してしまった。
「たーくみーん!来てー!」
遠くの方から声が聞こえた。
ぴょんぴょんと跳ねながら莉子が匠を呼んでいた。
毎回のことだがこれほどの元気がどこからやってくるのか知りたいものだ。
匠は莉子を呆然と眺めていた。
二人の距離は五十メートルほど離れているのでわざわざ自分の元まで来て頼むことはないだろうと思っていた。
だがその考えは粉々に粉砕されてしまった。
莉子は自慢の脚力で猛ダッシュしてきた。
このときに体操服だったのは幸運だったのか不幸だったのか。
匠の前で急ブレーキをすると匠を見上げた。
「たくみん!行こ!」
もう話しについて行くことができなかった。
だが匠にはどうしても聞きたいことがあった。
これを聞くのは自明な気がしたがそれでも聞かずにはいられなかった。
「綿貫・・・・・・『たくみん』を言い始めたのは綿貫か?」
「たくみん、だから莉子って言って」
莉子はため息をついた。
(ため息をつきたいのは俺だ・・・・・・)
目の前で意味不明なため息をつかれると何も言うことができなかった。
だが、匠には気づいていないことが一つある。
今まで疑問文に「?」がついていなかった匠が、莉子に対して「?」のついた疑問文を言ったのだ。
匠は確実に進歩していた。
さすがの莉子も(失礼?)匠が困惑しているのがわかったのだろう。
少しばつの悪そうな顔をした。
「ご、ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ」
本当は大丈夫ではないが目の前でこんな風にされたら大丈夫というしかない。
文化祭の後から匠の呼称は再び変わった。
松雪先生から匠先生はまだよかった。
だが今回の変更はさすがに驚いた。生徒から「たくみん」や「匠先輩」と呼ばれるようになった。
さすがに「たっくん」と呼ぶものはいなかったので少し安心したところはあったが。
それだけ匠の文化祭の姿が印象的だったということだ。
だが匠も注意をしてこなかったところを考えるとそれほどまんざらでもなかったのだろう。
「それで、何のようだ?」
少し萎縮してしまったように見える莉子に問いかけた。
「そうだ!たくみん、一緒に踊ろ!」
さすがに敬語までやめてしまうのは問題だと思うがと突っ込みたくなる衝動を抑えた。
「何でだ?」
一応理由を聞いておかなければならないと思った。
これで「踊りたいから」と言われればさすがと割り切るか、それとも呆れるかそのときになってみないとわからないだろうと感じていた。
「人が足りないんです」
その敬語がたまに混ざるのは何だ、と突っ込もうかどうか迷った。
さすがにこれでは話しているときにいちいち気になってしまう。
「敬語を使うのか使わないのか分けろ」
「じゃあ、使わない!」
「使え・・・・・・」
目を輝かせて「使わない」宣言をした莉子に突っ込みを抑えきれなくなってしまった。
大きくため息をつきながら莉子を見る。
「だ、だめ?」
百八十度態度を改変させて莉子が聞く。
普通の高校男子がこの聞き方をされたならばドキッとくるであろう聞き方だ。
しかも莉子がしているというギャップ付きだ。
しかし目の前にいるのは普通とは少し異なっているうえに高校男子でもない。
「さすがにな」
では、「たくみん」は許可しているということなのだろう。
莉子もそれがわかったようで、敬語を使うように言われて一瞬さみしげな様子だったがすぐに元気を取り戻した。
「はい!わかりました、たくみん!」
何の意味があるのかわからない敬礼をした。
これほど敬礼が似合う女子高生がいるかと思うほどしっくりきていた。
匠はなぜか面白くなって笑った。
莉子もそんな匠が嬉しくて笑った。
「だが、俺はやらん」
いい雰囲気になっていたが匠はきっぱり断った。




