文化祭⑥
来夢は下を向いていた。何もできない自分は下を向くしかないと思っていた。
「何がそんなにいやなんだ」
不意に声が聞こえた。
声の主が誰なのかはすぐにわかった。
この声色、この話し方、そしてこの表にはでない優しさを含んだ声は、
「た・・・・・・匠先生」
外に出たと思っていた匠が保健室の扉に立っていた。
「朝比奈のおかげでカフェは成功したんだ。喜んでいいと思うぞ」
匠がゆっくりと歩み寄ってくる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
来夢は緊張感を覚えるどころかなぜか安心感を覚えていた。
心が軽くなっていく。
こういうときに匠がいるとなぜか落ち着く。
「・・・・・・それじゃないです」
口から言葉が滑り落ちた。
「バンドのことです」
我慢していたはずの涙もこぼれ落ちてくる。
「出られないのが悔しいのか」
「違います。私のせいで他のメンバーに迷惑をかけちゃって・・・・・・」
「それは朝比奈のせいではない
匠の言葉がかけられる。
それはそうかもしれない。
だが自分も周りを見ていなかったのは事実だ。
怪我をしたのは自分だ。
自分が怪我をしたせいで穂高たちに迷惑をかけた。
バンドを壊したのは自分だ。
そんな思いが来夢を飲み込んでいった。
来夢はうつむいたまま黙り込んでしまった。
その様子を匠は見守っていた。
「わかった」
匠がつぶやいた。
「えっ?」
来夢は何を言っているのかわからなかった。
顔を上げると匠が保健室から出るところだった。
来夢はまた一人になった。
(そうだよね。嫌われるよね・・・・・・)
来夢は心の中でつぶやいていた。
(こんな情けない生徒、見放されて当然だよね)
自分の境遇を恨むことなく、ただ悲観していた。
他の人の目を気にする必要はなかった。
来夢の目から悲しみの涙があふれていた。
心を写し取ったかのように冷たい涙がほおをつたう。
保健室には来夢の小さな泣き声が響いていた。
「来夢ちゃん!」
急に保健室の扉が開けられた。
来夢は涙に濡れた目を入り口の方に向けた。
そこにはクラスメイトの女子が四人いた。
クラスメイトは保健室に急いで入り、来夢が泣いているにもかかわらず肩を持って担いだ。
「え、ちょ、ちょっと」
来夢の目には涙はもうなかった。驚きすぎて涙が止まっていた。
「さぁ、体育館に行くよ」
その言葉でどこに行こうとしているのかわかった。
体育館は有志バンドの会場だ。
来夢は捻挫をしていない方の足であらがった。
行ってしまえば悲しくなるだけだと思ったからだ。
「放して!私は行かない!」
足だけではなく腕を動かし、体を動かして全身で抵抗した。
だがクラスメイトは決して放そうとしなかった。
「だめ!行かないと後悔するよ!」
その叱責に来夢は体をびくつかせた。
そのせいで抵抗が一瞬止まった。
そのすきに最後の一撃を食らった。
「匠先生の雄志を見ないと」
来夢はすでに抵抗する気力をなくしていた。
(どうして匠先生が・・・・・・)
その思いだけが来夢を駆け巡っていた。




