文化祭③
最終時刻がきた。生徒たちはすでに作業をやめて下校していた。
山の丘高校の文化祭の出し物はクラスだけではない。
有志でバンドを募っている。今回も参加者は多いようだ。
匠はすべての業務を終えて帰宅中だった。
そのとき前から見慣れた六人組が歩いてきた。
「おっ、匠先生じゃん」
努が手を挙げて匠を呼ぶ。
匠は自転車を止めた。
「どうした」
「俺たちバンドの練習の帰りなんですよ」
穂高が一歩前に出て説明した。
匠は意外そうな目で仁志と心春を見た。匠にはこの二人がバンドをしている姿が想像つかなかったのだろう。
心春に関して言えば一度クラスで見せた音量があればハードロックでもいけそうな気がするが・・・・・・
「ち、違いますよ。僕と雨宮さんは演出役です」
匠の気持ちをくみ取ったかのように仁志が慌てて言った。
「ああ」
何を納得したのか自分でもわからないまま相づちを打った。
演出役だとしてもバンドに関わるというのが不思議に感じるが。
「で、四人の役割は何なんだ」
普通なら聞かないがこのメンバーがこのまま返してくれるはずがない。
匠は社交辞令的に聞いた。
「ふふん。よくぞ聞いてくれました」
ここぞとばかりに莉子が話に入った。
「私がベース、九条がドラムス、伊織がギターで来夢がギターボーカル」
自己紹介をするようにそれぞれを手で指しながら説明する。
らしいと言えばらしい、と匠は思った。
これで努がベースと言われれば少しは面白みがあったのだが。
匠はそこで来夢の顔色があまりよくないのに気がついた。
実際には普通の人と比べれば十分にいい血色だ。だが、来夢にしては顔色が悪い。
生徒の違いに気づくことができる。匠の教師としての資格の高さがうかがえる。
「朝比奈、大丈夫か」
「えっ、だ、大丈夫ですよ」
急に名前を呼ばれて体をビックとさせたがすぐに笑顔を作った。
だが、匠にはそれが作り笑いとすぐにわかった。
(彩羽と同じだな・・・・・・)
心の中でため息をつく。
匠はゆっくりと来夢に歩み寄った。
穂高たちは匠の姿をじっと追っていた。何をしようとしているのかわからなかった。
「ちょ、ちょっとせんせ、い・・・・・・」
来夢も戸惑っていた。
匠は来夢の前まで来ると自分の右手をすっと挙げた。
「先生!」
穂高が大声を上げる。
誰もが、匠が手を出すと思った・・・・・・
来夢は目を瞑っていた。
が、予想に反して頭の上にゆっくりと重い物がのった。
重いといっても何かがあると感じる程度の重さだったので気にならなかった。
来夢はそれが匠の手だとわかった。
ゆっくりと目を開けるとたまに見せる匠のあの微笑みがあった。
「朝比奈、朝比奈はちょっと頑張りすぎだ。もっと周りを頼れ、俺や双葉先生を頼れ。自分を犠牲にしてまで何かを成し遂げようとするな。自分を大事にしろ。2組は朝比奈や伊織たち、全員がいて2組だ。1ピースかけたジグソーパズルは他をどんなに上手く組み合わせても完成はしない」
と言って優しく頭をなでた。
来夢は自分の中に押し込んでいた物があふれてくるのを感じた。
自分から委員になったのだから自分が動かなければならない。
自分がしっかりしないといけない。
そんな思いでこれまでやってきた。
右往左往しながらなんとかやってきた。
だが自分でもわかっていた、もう限界だと。
ただ、自分が頼っていいのかどうかわからなかった。だから言えなかった。
それの枷を匠はとってくれようとした。
それが嬉しかった。
涙がほおを走る。
「まぁ、『何でいってくれなかったの』って言われる前に行動しろよ」
と言うと匠は来夢の頭から手を離した。
「じゃあな、遅くなるなよ」
匠の言葉はそこまでだった。
来夢の言葉を待たずに、自転車に乗って帰ってしまった。
それはもう大丈夫だと思ったからなのか、それともお礼を言われるのが恥ずかしかったのか、理由は匠にしかわからなかった。
来夢にかけたあの言葉は自分の過去を来夢に味わってほしくなかったからなのか、それともただ単に来夢のことを思ってだったのか、それは匠にしかわからなかった。
唯一の事実は、匠が声をかけたということだ。
六人が立ち尽くす中で来夢だけが、声にならない感謝を涙というかたちで表していた。




