お盆
お盆になると帰省のニュースをよく耳にする。
お盆といえば花火、帰省、旅行など様々なことが言われる。
だが、やはりお墓参りは欠かすことができない。
匠は帰省をする必要がない。
元々自分の実家にいるのだから。
しかし実家といっても匠以外にすんでいる者はいない。
もう長く一人で暮らしている。
匠は白のワイシャツ、黒色のスーツを身にまとい、黒のネクタイを締め、小さな箱を優しく手に持ち、長い階段を歩いていた。
匠は霊園のひんやりとした空気を感じていた。
匠の他にもお墓参りに来ている者は多かったが、匠のような服装をしている者は他にいなかったので少し浮いていた。
匠は一つの小さなお墓の前にやってきた。
ここに眠っているのは匠の親族ではない。
だが匠は家族の一員だと思っていた。
お墓には『如月彩羽』と書かれてあった。
匠にとって家族同然の人物。
個人墓が作られるほど周りにも愛されていたなと匠は心から思った。
匠の心が壊れてから彩羽も教師を辞めた。
その後地元の塾講師になった。
匠のことを心配していたが塾講師としての仕事もしっかりこなし同僚とも上手くいっていた。
しかし、その命は唐突に絶たれた。
信号無視をしてきた乗用車にひかれてしまった。
彼女の運命の歯車は狂わされ、直す前にその動きを永遠に止められた。
匠はしゃがんでそっと手を合わせた。
「なぁ、彩羽」
ゆったりとした口調で語りかけた。
「俺、もう一度やり直してもいいのかな。彩羽がもうできないのに、俺だけやり直していいのかな」
もちろん返事はない。
だが匠には彩羽の声が聞こえていた。
耳にではなく、心に語りかけているのがわかった。
(たっくん、私はたっくんが幸せそうに笑ってるときが一番幸せなんだよ。だから笑って。もう一度たっくんの夢を叶えて。私はいつも、たっくんのそばで応援してるよ)
匠には彩羽がそう言っているように聞こえた。
彩羽なら絶対にそう言うという自信があった。
彩羽のことを一番知っている自信があった。
なぜなら結婚まで考えたのだから。
「ありがとな、彩羽」
そう言うと匠は持ってきた小さな箱の蓋を開けてお墓の前に置いた。
もう一度しっかりと手を合わせてからゆっくりと立ち上がり、帰って行った。
彩羽のお墓の前には匠が彩羽に渡すはずだった指輪が太陽の光をうけて輝いていた。




