夏休み②
寒さ暑さも彼岸までと言う言葉があるが本当にそうなのだろうか。
8月1日の今日も今までと同じようにうなだれるように熱い。
もしかするとそれは場所柄もあるのかもしれないが。
肌を焦がすような日の光。
足がやけどするのではないかと思うほど熱い砂浜。
目の前できらめく波。
鼻の奥を刺激するような潮の匂い。
「わーい!」
莉子が海の中へ走って行く。
「綿貫さん、危ないですよ」
と言いながらもその後ろを心春が楽しそうに追いかける。
「俺たちも行こうぜ!」
「お、おい、努。引っ張るなよ」
穂高の左腕を強引に引っ張りながら努が走ろうとした。
「ま、待て。ほら、近衛君も行こう」
なんとか努の進行にあらがいながら穂高はあいている右手を仁志に差し出した。
「で、でも僕は・・・・・・、ううん、行こう!」
一瞬断ろうとしたがその考えを頭を振ることによって取り去り右手をつかんで一緒に走り出した。
「先生も行きますよ」
来夢が匠の顔をのぞき込みながら言った。
「俺は・・・・・・」
「遠慮しない!」
そう言って匠を強引に引っ張りながら海へ向かう。
そこでは太陽の光を反射してまぶしいほどに光っている波しぶきをあげながら戯れている5人の姿があった。
そう、匠は来夢たちと海に来ていた。
事の発端は約1週間前に遡る。
花火大会の後から匠と来夢たちの距離は急激に近づいていた。
だがそこに問題が生じていた。匠は人との距離をなるべくとる生活をしていた。つまり人に(心理的な距離で)近づいたり、近づかれるのに抵抗を覚えていた。
これは何も7人の問題だけではなかった。
匠が『先生』になるためには他の生徒とも交流する必要がある。
匠が人と接することができるようになるということは大きな意味を持っていた。
「先生・・・・・・熱すぎる・・・・・・」
「ここはクーラーが効いてるだろ。って言うか、野球部ってほとんど毎日練習してないか?」
「それを言ったら伊織君のとこもじゃん」
「まぁ、野球も陸上もサッカーも同じだな」
努、穂高、莉子の3人は化学室で談話中だった。
今、この化学室には他に、来夢、心春それに匠がいた。
花火大会の後からなぜか部活の休憩のときや終わった後は化学室に集まるのが日課になっていた。
匠としてはせっかく心が開ける交友関係ができたのだからはじめはうれしかったが、徐々に困ってきていた。
「暇なのか」
「「「暇じゃないですよ」」」
別に大声で怒鳴ったわけではないが、全員が一斉に言うと迫力がある。
匠は体をビクッとさせた。
「・・・・・・そうか」
匠は気圧されながらも言った。
「そう言えば、匠先生って話し方とか態度とか変わらないよね」
莉子がスポーツドリンクの蓋を開けながら匠を見た。
まずは教師に対するその態度を変えろ、とは誰も突っ込まなかった。
「癖だ」
少し抑揚が出てきたせいなのか照れ隠しではないのにどこか照れ隠しのように聞こえる。
「えー。でもそれじゃあ、だめだと思うよ」
その話し方がだめだ、と誰しもが思った。
「この生活を続けたからな。人との接し方なんて忘れた」
匠は物思いにふけるようにつぶやいた。
「ふーん」
面白くなさそうな顔をした。
「忘れたのか・・・・・・」
莉子がぼそりとつぶやいた。
「そうよ!」
ガタン、という音を立てながら来夢が急に立ち上がった。
今まで静かにしていた来夢が急に立ち上がったので仁志は驚いて危うく椅子から落ちそうになった。
「だったら、思い出させてあげればいいのよ」
何を言ってるんだ、という顔をしている匠を尻目に来夢は化学室を見渡し、あっけにとられているクラスメイトの顔を見た。
「ふ、ふーん♪」
来夢は楽しげに笑った。
匠は身の危険を感じた。
そして今にいたる。
来夢は海に行こうと言った。
もちろん匠は断ったが、全員が「高校生だけで海に行かせてもいいんですか」「保護者として来てくださいよ」などとへりくつにも満たない理屈をこねくり回したので匠は半ば強制的に参加していた。
匠は「少し疲れた」と言って砂浜に広げたシートの上に座っていた。
パラソルで日陰が作られていたので多少は涼しかった。
他の6人は3対3に別れてビーチバレーをしている。
野球部の努が豪快に(力任せに?)ボールを打ち、サッカー部の穂高が足で?華麗に受け取り(トラップし?)、運動部ではない仁志と心春はできる限り頑張っている。
ボールが遠くへ飛んで行ったのを陸上部の莉子がダッシュでとり、ソフトテニス部の来夢が体を回転させながら打つ。
バレーなのかどうかわからない競技を見ながら匠は昔のことを思い出していた。昔の彼女のことを。
(俺たちもやったな・・・・・・)
大学時代の同級生が教師として再会した。
大学からの恋愛関係が教師になっても続いていた。
運命という言葉でくくっていいのかすらわからないほど気が合った。
もちろん結婚まで考えていた。
なのに、その運命が狂わされた。
匠の、そして彼女の運命は狂わされた。
匠はまだ来夢たちには話していなかった。
彼女が、あの人が教師を辞めた後どうなったのか。
匠はそれを教えたくはなかった。
それを心の中にしまっておきたかった。
「せんせーい!ボール!」
努の声が匠の耳に響き渡った。
前を見るとさっきまで6人が使っていたボールが転がってきていた。
匠はそれを拾って6人を見た。
全員が手を挙げてボールを、匠を待っていた。
全員が輝いて見えた。それは決して海の反射のせいではなかっただろう。
匠はボールを少し眺めてから、ゆっくりと立ち上がった。
匠はボールを持ったまま6人の方へ歩き出した。
(俺はあの頃みたいになれるのかな・・・・・・)
日陰から出るとやはり暑かった。だがその暑さが匠の心の氷を溶かすように感じられた。
(俺はあの頃みたいになっていいのかな・・・・・・)
匠は前を向いていた。顔も、心も。
(なぁ、彩羽・・・・・・俺、頑張るよ・・・・・・)
海の波が匠の過去の一部を洗い流した。




