花火大会②
「あ、赤井さん・・・・・・」
匠の目はおびえていた。
匠の声は震えていた。
匠の足は、手は震えるのも忘れるほどの恐怖に固まっていた。
赤井 志保。
匠の人生の歯車を最初に狂わせた張本人である。
そう、あの「モンスターペアレント」である。
「お久しぶりですね。松雪先生」
志保は笑顔で言った。だがその目は、その言葉はとても冷たかった。
「こんなところでお目にかかるなんて偶然ですね」
志保は匠の方に歩み寄る。
匠は動くことができず、口を開くことができずただ黙ったまま立っている。
志保は匠の前にやってきた。
「そう言えば、公立の教師をお辞めになったとか。一体どうされたんですか?」
匠は黙ったまま下を向いた。
志保の目が匠の周りにいる6人の高校生らしき集団をとらえた。
全員が心配そうな顔をしている。
志保はにやっと薄笑いを浮かべて、
「ああ、そう言えばその後、私立の教師になったと言う噂がありましたが本当だったんですね」
「・・・・・・」
黙ったままの匠を見て志保は冷たい顔になった。
「あなたにその資格がおありですか。生徒の個性を踏みにじり、生徒の自由を奪い、生徒の主張を許さないあなたが教師を続けてもいいと思っておいでですか。どうせその生徒たちにも・・・・・・」
「やめてください!」
そこで来夢が言葉を切らせた。
その顔には少なからず恐怖の色があったが、それ以上に心配の色があった。
「匠先生は私たちの先生です!それ以上私たちの先生を侮辱するようであれば誰であろうと許しません」
来夢は震える声を必死に抑えて語尾を強くしていった。
「侮辱?何のことですか?私はただ松雪先生と昔話をしていただけですよ」
志保は体をゆっくりと来夢に向けながら言った。
「それよりもあなたは大人に対して言いがかりもいいところですね」
標的が来夢の方に向いた。
来夢はそれ以上何も言えなくなった。それほど志保の威圧感は高かった。
志保が来夢の方に一歩踏み出そうとしたとき
「やめてください・・・・・・」
匠がうつむきながら言った。
「今何と?」
出そうとした足を止めて再び匠の方へむき直した。
「今何と!」
その顔には先ほどまでの冷たさはない。あるのはすべてを焼き放つほどの熱い怒りだ。
志保が匠に突っかかろうとしたそのとき
「おい、どうしたんだ?」
「何の騒ぎ?」
周りがざわつき始めた。
匠たちのやりとりはいつの間にか周囲の注目を集めていたようだ。
「・・・・・・ッチ」
それは志保にとって不都合だったのだろう。
志保は舌打ちをするとそのまま歩き去ってしまった。
「匠・・・・・・先生・・・・・・」
来夢がうつむいたままの匠に声をかけた。
「・・・・・・」
反応はない。
その場にいた生徒が心配そうに匠に歩み寄る。
「・・・・・・全部話そう」
匠が前を向くことなく弱々しくつぶやく。
「俺の過去を・・・・・・全部・・・・・・」
その言葉を生徒たちは静かに聞いていた。




