夏休み①
1学期が終わり夏休みが始まった。
匠には安心できる時期だ、なぜなら部活の顧問をしていない匠にとって生徒との関わりが少なくなるからだ。
だが、顧問をしていないからと言って高校に行かなくてもいいと言うことではない。
今日も匠は化学室で2学期の準備をしていた。
「匠先生じゃん!何してるんですか?」
ここは化学室。しかも今は夏休み中。
なのになぜ声がかけられるんだと匠は思っていた。
「どうした、綿貫」
振り返らずともわかる。
匠は誰が声をかけたのかを確認する前に振り返りながら名前を呼んだ。
莉子は陸上部に入部している。
この時期の運動部の活動は最盛期を迎える。
陸上部はもちろん、多くの運動部がグラウンドで練習をしている。
「やだなー、先生。莉子でいいですよ。私と先生の仲じゃないですか」
莉子は笑いながら化学室に入ってきた。
(どんな仲だ・・・・・・)
特段親しくしているわけではない。
この発言は莉子の性格からして少しでも話すようになった人には全員に言っているのだろう。
匠は小さくため息をつきながら莉子の方に体を向けた。
「2学期の準備だ」
はぐらかしても食い下がってくるのは目に見えているので正直に答える。
「へー、先生も大変なんですね」
匠が机の上で組み立てていた実験装置をのぞきながら言う。
「普通だ」
当たり障りのない答えをする。
莉子は普段から少しずつ見せる匠の生徒想いの言動を思い出して少し笑う。
「何がおかしいんだ」
その様子を匠は訝しく思った。
「別に。何でもないですよ」
匠のまねを少ししていたずらっぽく笑う。
「そうだ。先生って7月16日って暇ですか?」
部活に戻るために化学室から出ようとしていた莉子が思い出したように聞いた。
「仕事だ」
「何のですか?」
「花火大会の見回りだ」
匠が少し憂鬱そうに答える。
まぁ、人となるべく接しないようにしている匠にとってはあまり行きたくない場所か。
「それがどうかしたか」
「いいえ。何でもないです」
と言って莉子は化学室を出た。
匠は廊下から「ふーん」という小さな声が聞こえたのは空耳だろうと思った。




