林間学校⑥
一夜明け林間学校2日目になった。
今日の午前中の行事は飯盒炊飯である。
オリエンテーリングと同じ班に分かれてそれぞれがカレーを作っている。
匠は仁志を見た。
昨日の会話のおかげか仁志は班員と交流をしている。
匠は口元を少し緩めた。
それがうれしさなのか、安心なのか、それとも過去の自分の罪滅ぼしができたと感じているからなのかは匠にもわからなかった。
「先生、どうして目が腫れてるんですか?」
心春が匠の異変に気づいて質問した。
「・・・・・・何でもない」
昨日、自分を出すことができたのは感情的なものからだった。
自分の意志や理性はほとんど働いていなかったと匠はあの後感じた。
故に生徒に心が開けるようになったわけではない。
「そうですか。どこかにぶつけたのかと思って心配しました」
心春はニコッと笑った。
そうすると班員から心春を呼ぶ声が聞こえた。
「はーい」
心春は振り返りながらその声に応えた。
「それじゃあ、私は戻ります」
律儀にも頭を下げてから心春は班員の方へと走っていった。
「あっ、松雪先生。ちょっとこっち来てくださいよ」
匠が生徒の様子を見るために歩いていると穂高から声がかかった。
「どうした」
匠は穂高の元に歩きながら言った。
「にんじんの乱切りってどうやってやるんですか?」
(なんだその質問・・・・・・)
匠は心の中で少し呆れていたが、ため息はつかなかった。
「・・・・・・中学でやったろ」
「忘れました」
爽やかな笑顔を匠に向ける。
「わかった。貸してみろ」
匠は穂高から包丁を受け取った。
穂高が場所をどいて匠に譲った。
匠はまな板におかれた2本のにんじんのうち1本を切りやすいようにセッティングして乱切りを始めた。
「こうやればできる」
「おおー、先生料理できるんですね。意外です」
「普通だ」
匠は切り終えると包丁をまな板の上に置いて穂高の方を向いた。
「残りは自分で・・・・・・」
「ありがとうございました」
匠の言葉を遮るように穂高が匠をまっすぐに見て言った。
「このくらい、何でもない」
「いえ、近衛君のことです」
こちらが本命だったのだろう。
穂高は真剣な顔で告げた。
「昨日の夜、俺が最初に部屋に戻ったら泣いていたんで理由を聞いたんです」
林間学校の宿舎の部屋は男女2部屋ずつある。
穂高は仁志と同じ部屋のようだ。
「そしたら、松雪先生にもっと人と接すればいい、友人を作ればいいと言ってもらえてうれしかったって言ってました。その後からは近衛君はまだ拙いところもありますが他の人とよく話し始めましたし、今日は女子とも少しずつ交流してます」
2人は楽しそうに班員と話をしている近衛を見た。
「俺たちだけではできなかったことです。本当にありがとうございました」
穂高は頭を下げた。
「当然のことだ、俺は君たちの担任だからな」
穂高は顔を上げた。
その顔は少し驚いた顔をしていた。
が、すぐに笑顔になった。
「はい!」
うれしそうだ。
匠は穂高との会話を終えるとまた生徒の周りを回り始めた。
(あれ、俺、何て・・・・・・)
ふと立ち止まり、匠は自分の発言を思い出していた。




