林間学校④
オリエンテーリングは無事終了した。
けが人はおらず、時間に遅れた生徒もいなかった。(もちろん莉子も)
ただ1つ匠には気がかりなことがあった。
それは近衛 仁志のことだ。
最初から最後まで見ていたわけではない。だが出発するとき、匠のいたポイントを通過するとき、そしてゴールのとき、なぜか班の中で1人孤立しているように見えた。
他の生徒が無視しているわけではないだろう。
実際、終わった後も穂高などは積極的に声をかけに行っている。
だが、その都度うれしそうにはするものの結局話しが続かず、輪には入れていない。
(何を心配してんだ・・・・・・)
関わり過ぎないように気をつけているはずなのにどうしてか気になってしまう。
夕食の時間になった。
さすがに全員が1度に同じ食堂に入るのは不可能なので1~3組が前半、4~6組が後半に分かれている。
学年の半分しかいなくとも食堂は十分に賑やかだった。
「あっ、松雪先生!こっちで一緒に食いませんか」
匠がトレーを持って1人になれそうな席を探していると穂高が腕を上げながら声をかけた。
「いや、俺は別・・・・・・」
「いいじゃないっすか」
匠が全部言い終える前に努も呼んだ。
その他の生徒も匠のことを呼ぶ。
「・・・・・・じゃあ」
「「「おーーー!」」」
周りの生徒が歓声に似た声を上げる。
匠は呼ばれるままに空いている席に座った。
「松雪先生って彼女いるんすか?」
男子生徒からのいきなりの質問。
気持ちが上がっているならしょうがないか。
「いない」
「嘘だー」
お決まりの返しが返ってくる。
「・・・・・・本当だ」
匠は夕食のみそ汁を1口すすった。
匠には彼女はいない。
あの人と別れてから何年経ったかわからない。
「先生の高校時代ってどういう感じだったんですか?」
ほとんどの人が食事を終えたときに穂高が聞いてきた。
「あっ、それ俺も知りたい」
「俺も、俺も」
周りの男子生徒が次々に声を上げる。
「普通だ」
素っ気なく答える。
「普通ってなんすか」
誰が聞いてきたのかわからないほど周りは盛り上がっている。
「・・・・・・特段変わったことはしていない。君たちと何も変わらない。勉強をして、部活をして、文化祭やらなんやらでばかやって、色々な人に出会って、色々なことに出会って、憧れを抱いて・・・・・・」
匠は少しうつむき加減になりながら昔を思い出して答えた。
今まで匠がそれほど長く話したことはなかった。
昔のことを語ったことはなかった。
だから生徒たちはあっけにとられて、静かになった。
が、
「えっなんすかそれ!もっと聞きたいっす」
「俺も聞きたいです!」
「話してください先生!」
その静寂もほんの数秒しかもたなかった。
生徒たちは目を輝かせながらどんどん聞いてくる。
「わるい、何でもない」
と言うと匠は立ち上がってトレーを返しに行った。
後ろの方で「そんなー」と言った落胆の声が上がっていた。
匠がトレーを回収棚に片付け終わり、外に出ようとすると目の端に1人で夕食を食べている仁志を見つけた。
匠はなぜか心が苦しくなるのを感じた。
なぜか悲しい気持ちになった。
匠は仁志に声をかけようとした。
「あっ、まだ松雪先生がいた!」
匠が今来た方向を見るとさっきまで一緒に夕食を食べている生徒がトレーを片付けに来ていた。
匠は反射的に足を出口の方に向けて歩き出した。
歩いている最中に胸が一層苦しくなるのを感じていた・・・・・・
夕食の前後半が入れ替わる時間になった。
前半組はお風呂へ、後半組は夕食に向かう。
匠はと言うと生徒たちと一緒にお風呂に入る、わけではなく部屋で荷物の整理をしていた。(お風呂に入るのは生徒の就寝時間後だ)
荷物の整理が終わった。
時計を見るとまだ入浴時間の終わりまで時間がある。
入浴時間の終わりに生徒全員が出ていることを確認しに行かなければならないがそれまではこれと言ってやることもない。
部屋にいても暇なだけなので匠は部屋から出た。
少し歩いていると前からお風呂上がりの仁志が歩いてきた。
「近衛、早いな」
「あっ、ま、松雪先生。そ、そんなことないですよ」
匠の感情があまり入っていない話し方が怖いのか、死んだ魚のような目が怖いのか、それとも匠に非はないのか。
それは匠にはわからなかった。
「近衛、ちょっと時間大丈夫か」
「え、大丈夫ですけど・・・・・・」
仁志でもこの言葉は意外だったのだろう、眼鏡が少しずれた。




