帝国脱出編
草木も眠る丑三つ時。いや、この世界にそんな時間単位はないだろうな。時刻も怪しいがひとまず午前2時を過ぎたあたりだろう。
「追っ手の奴らは?」
「ああ、おやっさんのおかげだぜ!誰もこっちにゃ気づいていないだろうさ!」
「・・・そうだな。だが急ごう。英雄の奴等は魔力感知の範囲も常識外れだ。俺のステルス防具でも確実な保証はできない。日の出前には何とか親方の工房に到着したいんだ。急ごう!」
帝都の外れ、四方に構えた兵器工房の一角から目的の村までは目算で3Kmほどと親方には聞いていた。何の障もなければ余裕で日の出前には到着できる。関所もなく闇雲に走っても普通なら問題はない・・・はずだ。
「キョウジュさぁああん。こんな夜中にどこ行くんすかぁ」
やはり易々とはいかないらしい。
「駄ぁぁぁ目だなぁ!言われた事以外はしちゃあさあ。僕ぁねえ、大将さんにぃ、怒られたぁばかりなんだぁよ。まぁた怒られちゃうじゃないのお!」
間延びした口調が、こいつが酒に酔ってるのだと言っていいる。それでなくとも見れば片手に酒瓶をしっかりと握り締めているのだ。しかし、今は自分の運の無さを呪いたくなった。何故、よりにもよってこいつなのだ。
「酔天の伊吹山!?なんでこいつが!」
横で驚愕と焦りに満ちた形相になりながらもこの男、テオは腰に備えた短刀の柄を握っている。さすがに元傭兵なだけはある。未だに呆けていた自身を殴りたい。もっとも、刃物すら持ち歩かない法治国家の日本生まれ東北育ちの自分からすれば、目の前に超の付く危険人物が現れたら硬直して後は成されるがままだろう。よくぞ我に返してくれたものだテオ。だからと言って状況は変わらない
最悪だ
「うぷぅ・・いやぁ困るねぇ。困るねぇ!兵器工房のエース職人さんがぁ、勝手に他所のお国にぃ!脱走しちゃってるのをぉ見ちゃぁぁぁたらぁ!」
ふらふらとしながらも、目だけは爛々と獲物を逃さない猛獣の輝きをしながら伊吹山は酒瓶を持っていない手に得意の武器をチラつかせている。遠目から見れば飾り気のない長剣だ。だが、あれが普通の武器ではないのは自分がよく知っている。自身の作品なのだ性能は完璧に把握していて当然だろう。使い手が大問題なのだが。
「意外だったよ。あんたみたいのは絶対騒動の大きい場所に行くと思っていた。そうなると見越して親方は騒ぎが大きくなるよう計画していた。なのに・・・」
「んんん!そりゃあああ僕だってあっちでパーティーしたかったさぁ!けどねえ、感じちゃったんだよぉ。なああんかコソコソとしてる気配ってやつ?それも地下を通ってパーティーから逆方向に向かってるんだもんなぁ!お酒でビンビンになってた僕の探知でも見逃しちゃうようなちっちゃい気配だったけど、だから分かったんだよぉ。こっちのほうが面白いことになるってさああああああ!」
酒瓶を叩きつけ、伊吹山は空いた手にも同じ長剣を握った。だがこいつは二刀流ではない。
「それじゃあ始めよぉ!キョウジュは足斬ってお持ち帰り。そっちのは・・・ああ、背骨抜きってやってみたかったんだぁ。あの映画のエイリアンみたいに奇麗にできるかなぁ!」
ガンっと柄同士を合わせると二本の長剣は一本の両刃剣になった。そう、あれは二本の剣じゃない。持ち手の両側に諸刃を付けた両刃剣。
「焔・・・気に入ってくれてるようで何より。セーフティー付けとけばよかったよアル中殺人鬼!」
今にも飛び掛ってきそうな伊吹山を正面にテオと二人。対人戦を想定していなかったわけではないがこいつは想定外過ぎた。だが、見つかってしまったからにはしかたがない。腹を括るしかないようだ。
「テオ、こいつをなんとかしないと帝都から出る事すらできない!チャンスはある!合わせてくれ!」
「キョウジュ、あんたとおやっさんがチャンスをくれたんだ。なんとかするさ!」
相手は異世界の勇者候補。酔天の座についた殺人鬼「伊吹山 猛」
正面からではどうあがいても勝てない。だが、逃げることなら可能性はある。見てろ。吃驚ドッキリ脱出ショーの始まりだ!