第六話 27.目覚めたキーパーソン
播磨 結衣が目を覚ますと、そこは薄暗い闇の中だった。
自分は地面に倒れていたはず、そう思って周囲を確かめると身体が浮いているのに気付いた。
というよりかは、何かに包まれて抱き上げられていると言う方が正しいか。
一体誰が? と思う前にもう播磨は確信していた。
これは七篠 如人だと。
自分は今、七篠に護られている状態なのだと、そう直感したのである。
ピンチに七篠が駆けつけてくれて、さらにこうやって抱き上げられて護られているという、その状況に播磨は感動と興奮を覚えた。
絶体絶命のピンチにお姫様を救うため、王子様が現れる。
こんなシチュエーションに憧れない女子などいない。
でもどうせなら、目を覚まさないお姫様に優しい口づけで起こして欲しかったな、なんて贅沢なことを考えてしまう。
などと最初は目が覚めてすぐの間は思っていたりしたのだが、何か様子がおかしかった。
何故か一向に七篠からのアクションがない。
それに今いる場所が、妙に蒸し暑いのである。
播磨は思わず、言葉を洩らしてしまう。
「暑い……」
ジンワリと汗を掻いて、それが肌着に吸われ肌に張り付いているのだ。
さすがに、これだけ汗を掻いていると、ちょっと、いやかなり気になってくる。
大好きな男の子に抱きしめられているのに、汗のべとつきや臭いで嫌われるのは嫌だ。
そう考えた播磨の耳に、何かが割れる音が聞こえた。
乾いた木が割れるような音、それと同時に薄暗かった場所に光が入ってきた。
播磨はその光の方を見ようと思い、少し身体を動かした。
「あぃたっ!」
左脇腹に激痛が走り、その痛みで思わず声が出てしまう。
自分の攻撃が西宮 恵梨香の『守護蜂』の効果で跳ね返されたことによるダメージである。
ズキズキ、ジンジン、と鈍い痛みが播磨を襲う。
今までに骨折の経験などはないが、ひょっとするとこれは肋骨が折れているのかもしれない。
「うぅ、今は我慢しないと」
鈍痛に耐えながら、播磨は光の入ってくる隙間から外の様子を窺う。
この状況は恐らく七篠と西宮が戦っているはず。
もしそうなら、自分を護るために戦う七篠が劣勢なのではないか、と播磨はそう考えた。
だから播磨は外の光景を見て、七篠の戦っている相手を見て驚いた。
「上沢さん!?」
隙間から見える相手、七篠が対峙している相手は、何と上沢 緋女だったのである。
これには流石の播磨も思わず息を飲んだ。
一体自分が倒れている間に何があったというのか、さっぱり状況が飲み込めない。
隙間から見えるのは、上沢が近づこうとするのを黒い植物が迎撃する姿。
基本上沢は深追いせず回避に専念し、たまに攻撃を掻い潜った時にだけ自分のいる場所近くへと攻撃を打ち込んでいく。
すると播磨の覗いている穴とは別の箇所も音を立て一部が剥がれ落ちた。
脇腹は痛むが、何とかそっちの穴の方へ首を伸ばし外を覗いてみると、離れた場所には西宮の姿が見えた。
何故か彼女は立っておらず、地面の上に力なく座り込んだまま上沢と七篠の戦いを見つめているのだ。
これだけの情報を得て、播磨は現在の状況を知る為に頭の中を一度整理する。
まず最初に、自分が気を失った後に何があったのか? これはその後に七篠がやってきたと考えて間違いないだろう。
そして七篠が自分を護るために戦ったのだと、こう考えるのが自然だ。ならば、その戦いで何が起こったのか?
可能性として一番高いのが、七篠が西宮の『八毒』を受けたというものである。
七篠が『八毒』を受けて毒による重大なダメージ、若しくは意識の消失などが起こり、その結果、彼が自衛の為に能力を暴走させたという筋書き。
これが一番可能性が高い。
意識が戻っていない七篠は暴走し、西宮を倒したまでは良かったが、そこで歯止めが利かなかったのではないか?
だからそれを止めるために、最後にやって来た上沢が七篠と戦っている。
もし暴走が原因で取り返しのつかないことが起きたのであれば、きっと七篠はとてつもなく悲しむだろう。
いやそれどころか、最悪心が壊れてしまう事だって考えられる。
だからこそ上沢がそれを止めようとしているのだと、播磨は結論付けた。
ならば今の自分に出来る事はなんだろうか?
それを考えようとしていると、こちらに近づいてくる上沢の姿が見えた。
「上沢さん、私に何ができますか?」
播磨は隙間から声を出し、素直にそう彼女に問いかけた。
上沢は戦闘においては、何も考えずに動く人間ではない。
何らかの策を講じている可能性があるなら、意思の疎通は必要だと思ったのだ。
すると播磨の声が届いたのだろう、上沢は驚きも見せずにすぐに播磨に自身の考えを伝えたのである。
「そのバカの目を覚まさせろ!」
「どういう意味ですか?」
「敵の能力で、呪われてるらしい」
「呪いって、どんな?」
「『強欲』だとよ、ソイツ戻せるとしたら、多分お前だけだ!」
「どうやって?」
「方法は任せる! その方が良いだろ?」
「了解!」
器用に七篠の攻撃を避けながら、上沢が不器用な言葉で播磨に情報を与える。
余裕がない所為か、非常に簡潔ではあるが、それでも必要なことは伝わった。
上沢が七篠に追い払われる姿が見え、播磨は隙間から顔を離す。
確かに七篠に抱きしめてもらっているという感覚が播磨にはある。
だけど、これは何かが違うと感じる部分があるのだ。
これはずっと長い間、七篠を見てきて、ほんの数日だけでも彼と触れ合った播磨だからわかることだった。
今の七篠にはいつもの優しさが、彼の持つ心の温もりが全く感じられない。
こんなのは本当の七篠ではない。
播磨はいつもの七篠が大好きだから、その彼に戻って欲しい一心で脇腹の痛みを堪え動き始める
まず播磨は、七篠に対して呼びかけてみた。
「ねえ如人君、私の声聞こえてる? 大丈夫?」
何度も、彼に話しかけてみるが、さっぱり返事がない。
その間にも、上沢との戦闘は続いているようだ。
どうすれば七篠は自分が意識を取り戻した事に気が付くのだろう。
播磨は今の状況で自分に出来ることを探る。
まずは指先に感覚を集中してみた。
指先から針と糸は出せる。
どうやら能力を使うのは問題ないらしい。
次に身体の状態。
激流掌によるダメージがそのまま自分に反射され、左側の肋骨が折れている可能性がある。
西宮の『八毒』による〈スタン〉の効果は既に切れていた。
なのでこっちの方はあまり心配しなくても良さそうだ。
身体の状態を確かめていると、また何かが割れる音がして外から入ってくる光の量が増えた。
それで何となく、上沢は自分の周囲を覆っている樹皮を剥がすため能力を使って戦っているのだと気付く。
新しく剥がれ落ちた隙間から、七篠の首筋が見えた。
どうやら身体のあちこちを樹木に変えて七篠は戦っているのだと、播磨は理解する。
その新しい隙間から、再び七篠の名前を呼んだ。
「如人君、お願いだから話を聞いて。如人君!」
こちらの声を聞く余裕がないのか、それとも最初から聞く耳を持っていないのか。
播磨はそれを確かめるために、右腕を何とか頭の上に持ち上げると、指先から針を飛ばした。
狙いは首よりもう少し上、耳の周辺。
播磨の針に物質の堅さは関係ない。
どんなものだろうと縫える自信がある。
播磨の狙い通り、針は七篠の耳付近へとアンカーのごとく打ち込まれた。
そのまま糸をピンと張ると、人差し指を立てたまま、残りの指を丸めてやる。
そして丸めた指と手の平に向けて、思いっきり語りかけた。
「如人君! 聞こえてる?」
そうなって初めて、七篠の動きが止まったのが分かった。
さっきまでの外から聞こえていた音がピタリと止んだのである。
「結衣ちゃん? 目が覚めたの?」
播磨のいる樹木内に、七篠の声が響いたのだった。
次回、第六話最終回
ここまで読んでいただきありがとうございました。
良かったらブクマや感想、評価をお願いします。




